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時をこえて記憶をこえてもう一度①

それは あまりにも不確実で、なのに実在する場所だった。
会える時間は限られていた。そこは自由な空間で、ただ寄り添い、なにげない会話をする。
叶わないまま止まってしまった時間をもう一度動かせたらいいのに。いつもそんなことを考えながらふたりは時間の無い空間にいた。

「もうそろそろ夜明けだ。行かなくちゃ」
「うん。また今夜」
「うん。またここで」
2人が立ち上がると、あたりは一瞬で真っ暗闇になった。

アユミは眠い目をこすりながら濃い目のコーヒーを入れた。今日も夢を見た。でもあまり覚えていない。いつもの少年と一緒にいた気がする。何を話したのか覚えていない。いつも夢の中でアユミは小学生くらいの子供の姿だ。そして同じくらいの年の少年と必ず会う。そして会話をするという夢をいつも見る。
アユミはわかっていた。その少年はおそらくショウだ。
ふたりは7才の夏休みに初めて会った。お互い、家族旅行で伊豆を訪れていたときだった。1週間という滞在期間の間にあっという間に仲良くなった。それから毎年必ず同じ時期に同じ旅館に滞在していた。夏休みに会う親戚みたいな感じだ。そして一緒にいるとお互いに不思議と懐かしい感覚になる存在だった。なんで懐かしいんだろうねと話しながら、海や山を探検して遊んだ。連絡先を交換してラインしたり、たまにオンラインゲームをしたりもした。お互い離れた場所に住んでいたから会えなかったけれど交流は途切れず仲が良かった。1年ぶりにまた家族旅行で伊豆で会えるのが間近になっていた11才の夏、ショウは突然事故に遭って亡くなった。

「タイムカプセル埋めてみようよ」
ショウが言い出した。
「タイムカプセル?どこに?」
アユミは聞いた。
「大きな岩のところだよ。あそこは国立公園内って看板立ってるから家が建ったり道路ができたりしないだろ?」
ショウは自信満々の顔で言った。
ちょうどふたりがいつも遊ぶ旅館の裏山は国立公園と繋がっていた。ふたりはそこらへんで虫取りをしたり、探検をしたりしたから。
「いいよ、埋めよう!」
アユミはワクワクして快諾した。

これがショウとの最後の思い出だった。

そのしばらくあとからアユミはショウと会う夢を見るようになったのだ。ショウがいなくなってからも夢で会えていたせいか、ショウが本当にいなくなったという感覚がなかった。まだどこかにいるんじゃないか、そんな感覚のままあっという間に時間は過ぎて行った。

「私さぁ、図書館で働きたいなぁって思うようになったよ」
「いいんじゃないかな。アユミは本が好きだからな」
「うん…そうそう、ショウが虫取りするときに持ってきてた『虫図鑑』て本を図書館で見つけたよ。読んだら懐かしかった」
「一緒に見たなぁ」
「…またさ…会えたらいいのにね…」
「そうだね。会えるかなぁ…」

何気ない会話だけれど、生と死をとても近くに感じる会話だった。夢とは思えないくらいにリアルに感じていた。アユミは日々のことをショウに話し、ショウは過去のこと、未来のことをアユミに話した。寄り添える時間がふたりのこころを癒した。

時が流れアユミは図書館で働くことになった。
念願の夢が一つ叶った。その図書館は郊外の住宅街にあり、わりと落ち着いた雰囲気だった。アユミは少しずつ仕事を覚えていった。以外にも重労働がわりと多くて腕に筋肉がちょっとだけついた。力仕事が多いせいか意外と若い職員が多かった。帰りにカフェでお茶したり、飲みに行ったりする仲間もできた。それなりに充実した社会人一年生だった。

しばらくすると図書館で印象的な少年に出会った。他にも職員がいるのに必ず何かあるとアユミに声をかけてくる小学生だった。少年は数人の友達と勉強しに来ていたようで図書館の常連だった。でも小声で話すし、マナーがよくてとても好印象だった。いつもアユミのところに来て本を借りたり返したりするので、すっかり名前を憶えてしまった。少年の名前はタカヤという。

タカヤは宇宙に興味があるらしくその関係の図鑑や本をたくさん借りていた。「宇宙の不思議」という本がとくに好きらしく何回も借りていた。タカヤは友達数人と来ることもあったが、一人で来て本を読んでいることも多かった。

「はい。返却は2週間後12月28日です。年内はその日が最後の開館日ですよ」
「はい…」
何気ない、連絡事項の会話しかしなかったけれど、アユミから見たら、慕ってくれる弟みたいな感じで楽しかったしタカヤもうれしそうだった。駐輪場の利用時間を質問しに来たり、高いところの本を取ってほしいと頼みに来たり。一度だけスマホのアプリで読めない漢字があると言って聞きに来たことがあった。少し恥ずかしそうにしていてかわいかった。そんな穏やかな時間がしばらく流れた。

つづく


曲を聴いたら浮かんでしまったお話シリーズ第1回目

このお話は全3回で完結します。
読んでいただいてありがとうございました😊


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