「クレアの初恋」第3話
クレアの隣にいるのは、勇者一行の魔法使いマリナ。憧れにも近い人物が隣に立っている状況に、クレアは思考が整理できずにいたが、レベッカが助かる可能性があると聞いてすぐさま彼女のもとに急ぐ。
頭の一つを切断されたケルベロスは怒り狂い、耳をつんざくような強烈な叫び声を上げる。
やばい、やばい、やばい!でも、レベッカを死なせやしない。応急処置をして、少しでも生存率をあげなきゃ。それが私が今唯一できることだから……。
クレアは、恐怖する気持ちを抑えて、レベッカのことを助けることだけに意識を集中させる。ケルベロスは、充血した目でクレアを睨みつけ、今にも襲い掛かろうとしている。
「あら、あなたの相手は私よ」
マリナは、挑発するようにケルベロスに言った。ケルベロスは、マリナに鋭い眼光を向けて鋭い牙を強く噛み締めて怒りの気持ちをあらわにする。
マリナさんが、ケルベロスの注意を引き付けてくれてる。これならたどり着ける。
クレアは、ケルベロスの視線から外れた隙に、倒れ込むレベッカの元へ行く。レベッカの身体は、一瞬、ケルベロスに噛みつかれたことで血液が地面に流れ出ていた。
すごい血。まずは、止血しないと。
クレアは、レベッカの傷口に向けて両手を伸ばすと回復魔法を唱え、止血を試みる。
「さあ、かかってきなさい!ケルベロス」
マリナの一声で、ケルベロスは四足で地面を思いっきり蹴ると一気に彼女との距離を詰めて、鋭利な牙で襲いかかる。
トン。
マリナは、持っていた杖で地面をつついた。その直後、ケルベロスの直下から氷が現れて一瞬でその巨体を凍りつかせた。
「う、うそ……すごい」
ケルベロスの巨体をほんの瞬間に凍結させるほどの圧倒的な魔法を目の当たりにし、クレアは自ずと息を呑む。
間髪入れずに、マリナは持っていた杖の先を、凍結したケルベロスの巨体に向けると、火の玉を生み出す。
「あれは、私が使用した火炎魔法……」
クレアは、マリナもまた同じ火炎魔法を使用しようとしていることに気づく。クレアの場合は、火炎魔法でケルベロスの身体に傷一つつけられなかったが、マリナの場合はどうなのだろう。クレアは固唾をのんで、彼女を見守る。
マリナが生み出す火の玉は、クレアが生み出した火の玉よりずっと小さかった。ビー玉ほどの大きさだ。そんな火の玉を、マリナは杖を横に振り勢いよく放つ。
ビー玉ほどの火の玉は、小さい分、空を先、進む速度が早い。一瞬でケルベロスの身体に直撃した。その瞬間、火の玉がすさまじい勢いで燃え上り、炎の柱ができる。距離があるクレアのところにも、その焼け付くような熱気が伝わった。
凍結したケルベロスの巨体は、炎の柱に包まれ蒸発して消滅する。
これが、マリナさんの魔法。同じ魔法でもこんなにも違うなんて……。
クレアは、マリナの精錬された魔法に才能の違いを思い知らされた。この時、全く非の打ち所がない彼女の魔法を見たクレアには、彼女に対する悔しさは湧いてこなかった。ただ彼女を称賛する気持ちが湧いて出た。
私とマリナさんには、絶対的な壁がある。才能があるものが、血が滲むほどの努力をしてやっとたどり着ける魔法使いの極地だ。私が、マリナさんと同等の魔法の極地までたどり着けるイメージが湧かなかった。
「クレア……私、生きているのね」
意識を失っていたレベッカが目を覚まし、クレアに話しかける。
「レベッカ、良かった!目を覚ましてくれて!私、このまま、レベッカが目を覚まさないんじゃないかって……」
感極まってグシャグシャになったクレアを見て、レベッカは微笑みを浮かべ言った。
「ありがとう、クレア。私のこと、心配してくれて。あなたが、回復魔法で救ってくれなかったら、きっと私は今ごろ死んでいたと思う」
「ううん、私だけじゃ、あなたを救えなかった。マリナさんが私たちを救ってくれたからよ」
クレアとレベッカはマリナの方に視線をそっと向けた。
「どうやら、その子の意識が戻ったようね。近くの医療施設に連絡済みだから、もう少しで医療関係者の方々がこの場所に来てくれると思うわ」
マリナは、微笑みを浮かべ彼女らに言った。彼女の艷やかな長髪がそよ風で靡く。いい香りが、ほのかにする。
きれい。強さと美しさの両方を兼ね備えた人だ……。
クレアは、顔を赤らめてマリナに見惚れていたが、魔物を倒してもらった恩を思い出し感謝の念を伝える。
「ありがとうございました!マリナさんが、来てくれたおかげで、私たち二人とも助かりました」
クレアはお辞儀をしてそう言うとマリナは申し訳無さそうな表情を浮かべる。
「いえ、私は感謝される立場にないわ。本来なら、侵入した魔物が危害を加える前に、対処すべきだった」
「そんなことないです。私もクレアも感謝しています。私からも感謝の言葉を言わせてください。助けていただきありがとうございます」
レベッカも、頭を下げ助けてもらった感謝を示す。
「嬉しいわ、そう言ってもらえて。そろそろ行くわ。私、まだこの辺を捜索する必要があるの。侵入してきたのはケルベロス一体とは限らないから……」
※※※
ケルベロスの事件の後、レベッカは近くの医療施設に運ばれしばらく入院することになった。一方、クレアは学校の机の上で寝そべりまた落ち込んでいた。
マリナさん、すごかったな……。魔法の才能がない私があんなすごい人と肩を並べられる訳が無い。グッ、あとになって、重い現実がのしかかってきた……。
立派な魔法使いになれれば、勇者とまた出会い話すことができるかもしれないと思っていたが、クレアはマリナとの実力の差を思い知らされ、魔法使いになる道は不可能だと察した。
「勇者様……」
クレアは、勇者と初めて出会い助けられた時の事を思い出す。
あの時は近く感じた勇者様の背中が今ではとても遠いものに感じる……。やっぱり、私が勇者様にお近づきになろうなんて夢のまた夢ってことなのかな。
「クレア!なに、落ち込んでんだよ!元気出そうぜ!」
クレアが、机でぐったりしていると、陽気で元気の良い声が聞こえてきた。
「ティム!?」
クレアは、さっと顔を上げると笑顔を浮かべたティムがいた。いつもなら、レベッカが話しかけてくるところだが、今は彼女は現在、医療施設に入院中だった。
「どうして、そんなに落ち込んでんだよ?」
ティムは、両手を頭の後ろにやりながら能天気にクレアに尋ねる。
「それはえっと……内緒……」
クレアは、恥ずかしそうに視線を下に向けた。
「ぇええええええ!!!理由を聞かせてくれよ〜!!!どうして教えてくれないんだよ〜!!!」
ティムは大声で大げさな反応を示す。クレアは、ぎゅっと自分の胸に添えた両手をぎゅっと握ると、目をつむり叫んだ。
「だって、私たちそんなに仲が良いわけじゃないし!」
「た、確かに!?」
クレアの一言に、ティムは驚愕する。いつも、レベッカに阻止され、ティムがクレアと話す機会はあまり多くはなかった。
「どうして私に構ってくれるの?」
クレアは、それほど親密な中でもない自分に話しかけてくれるティムが不思議だった。
「俺さ、困っている人を助けられる勇者になりたいんだ!」
「えっ!?」
ティムの口から出た意外な言葉に、クレアは呆然とする。
「クレアが落ち込んでいたから、なにか助けになれないかなと思ってさ」
ティムは無邪気な笑顔を浮かべ、クレアに言った。
「そうなんだ……」
クレアは、ティムの純粋な一面を知り、少しだけ心を開いた。
「クレアも勇者様のこと好きだろ?」
「ええええ、ええ、それは……その……大好き」
不意をつくようなティムの問いかけに、クレアは顔を真っ赤にしてぎこちない返事を返す。
「やっぱり、そうか!クレアも好きなのか!!勇者様、かっこいいよな。俺の憧れなんだ。いつか、俺も勇者様みたいになるのが夢なんだ!」
ティムは、目をキラキラと輝かせながら、自信に満ち溢れた声で言った。クレアは、そんなティムを羨ましく感じた。
「ティム、もしさ、自分には才能がなくて、勇者にはなれないっていう現実にぶち当たったら、あなたならどうする?」
「いきなり、真面目な質問してくるな!?うん、そうだな……。勇者になれないなら、他の俺のやれることで、困っている人を助ける仕事をするかもな。別に、選択肢は一つじゃないし、一つの選択肢が無理なら、他の選択肢を選べばいいんじゃないかって個人的には思うよ!」
ティムは意外にもクレアの問いかけに真面目に答えてくれた。クレアは、ティムの返答を聞いて、下に向けていた視線をティムに向けた。
「他の選択肢か……そうね!一つに固執する必要はないかもね!」
クレアは少し心の靄が晴れて、嬉しさの入り混じった声で言った。
「おっ、なんか知らないけど急に元気になったな!?良かったぜ!そうだ、話は変わるんだけどよ、ギルド見学ができるイベントをやるみたいだぜ。勇者様のことが好きなら、クレアも興味あるんじゃないか」
「ギルド見学?」
クレアは、ギルド見学という言葉がやけに印象に残った。
ギルド見学か。ギルドの中で、何をしてるかとかあまり良く知らないし、行ってみてもいいかもしれない。
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