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あの頃のウルティモ・ゲレーロ’95③

旗揚げされたばかりの団体プロメルは、選手数が少なかったこともあり、ジライヤ選手、リギラ選手とボクの日本人三人は、毎回のようにゲレーロ、レベルデらとの若手同士による対戦が組まれていた。
北部遠征中も同じようなカードで連戦が続くなか、ある野外会場でのこと、ゲレーロが別人のように動きがシャープでキレまくり、とにかく仕掛けが早く驚かされたことがあった。
ついていくのがやっとというか、早すぎてついていけないのだ。

「今日はいつもの動きと全然違ったけど、何があったんだ?」

試合後、場内で遭遇したゲレーロに声をかけてみた。

「ここはおれの地元で、今日は家族がみんなで試合を見に来てくれたんだ。」

当時すでに結婚していたゲレーロは、地元に奥さんを残してメキシコシティに単身赴任していたのだ。日本人以上に家族間のつながりが深いメキシコ人は、離ればなれになるとホームシックになることも珍しくなく、それは年齢を重ねた人間でも同じことが言える。
家族総出で応援にやってきたことが、ゲレーロ大ハッスルの要因だったわけだが、逆にいうと普段は持っている能力を存分に発揮できていなかったということになる。

3か月後、プロメルは2度目の北部遠征を行った。その巡業中、ボクとリギラの日本人二人と、ゲレーロ、レベルデがホテルで同室になった。四人だからといってエクストラベッドがあるわけでもなく、2つのダブルベッドに二人ずつ寝るのだ。これはボクたち若手選手にとっては、遠征中当たり前のことだった。
そんなむさくるしい部屋の中で、レベルデが口を開いた。

「いつか大会場でおれたちのマスカラ戦をやろうぜ!」

珍しく熱いことをいいだしたレベルデだが、当時のボクにはまだそんな舞台は想像できず、現実味のない話にしか思えなかった。

「でもおれ、まだマスクを脱ぐつもりはないよ。」

ノリが悪いと思われるかもしれないが、ボクは醒めた答えを口にしていた。

「お前らはそれでいいんだ。別におれたちはマスクに執着はしていないから、なあ。」

レベルデに話を振られたゲレーロも、うなずいて口を開いた。

「もうすぐプロメルはテレビアステカで放送が始まる。そうすれば、おれたちは今より一段上のクラスにあがれるぞ。そこでマスカラ戦をやって注目を集めれば、更に上に行くことができるんだ。わかるか?」

ボクも特にマスクにこだわりがあるわけではなかったが、ゲレーロたちの言葉からは、彼らはボク以上にマスクに執着心がないように感じられた。

そしてこの年の8月、プロメルはメキシコ地上波のテレビアステカで、テレビ放送がスタートした。放送初回でボクはリギラ選手と組み、ゲレーロ、レベルデと対戦。この試合でゲレーロはこれまで見せていなかった、ルチャテクニックの引き出しを開けてみせた。

「こいつはなんで今までこれをやらなかったんだ?」

それまで一年近くの間何度も対戦しているのに、それまでの対戦では感じることのなかったゲレーロにコントロールされている感が伝わってくる。北部遠征の時は動きの速さに驚かされたが、この時は今まで見せてこなかったゲレーロのテクニックの豊富さに驚愕させられたのだ。

終盤勢いにのったゲレーロはボクに対し、ラリアットをぶちかましてきたのだが、これが見事にのどに直撃。瞬時にのどの奥からこみあげてくるものを感じた。

今動かされたらやばい!

しかしゲレーロは、倒れこんでいるボクのことなどお構いなしにリング上で踊りまくっていたことが幸いした。これがなければおそらくボクは、テレビ初登場の舞台で嘔吐していたに違いない。

試合後控室に戻るとゲレーロとレベルデの二人が、ガックリとうなだれていた。

「失敗だ。今日は全然ダメだった。」

確かにいつもよりは緊張しているのか、ぎこちない部分も感じたが、それ以上にこの試合では、これまで抑え込まれていたゲレーロの力を垣間見ることができた印象の方が圧倒的に強かった。

ここまではボクたちと勝ったり負けたりの試合を繰り返してきたゲレーロたちは、この試合を2-0のストレート勝ちしたことで、前座を脱却しポジションを上げていった。

テレビ放送が始まり、軌道にのったプロメルには選手が集まりだし、ついにはAAAと喧嘩別れした重鎮コナンが、レイ・ミステリオJr、シコシスといった、配下のルチャドールを引き連れてやってきた。この時点で団体名はテレビ局の名前が目立つように、プロモ・アステカへと変わっていた。

選手数が激増したことで、そのしわ寄せは旧派閥の中でも外人であるボクたちがもろに喰らうことになった。スペル・エストレージャ(スーパースター)がそろった団体には必要ない、ということで簡単にクビになったのだ。

ボクがプロモ・アステカを去ってから1年もたたないうちに、ゲレーロたちにも大きな変化が起きた。

97年の年末、ゲレーロとレベルデは、サルセロ、トレロとタッグでのマスカラ・コントラ・カベジェラが決定していた。
しかしゲレーロは無断でこの試合をキャンセルし、逃げるようにCMLLへ移籍したのだ。

テレビのバックアップという武器を手にしたプロモ・アステカは、コナン一派にいつのまにか乗っ取られ、フェルサ・ゲレーラやブルー・パンテルだけでなく、設立メンバーの姿はほぼ消えていた。

そんな中で組まれたマスカラ戦は、ゲレーロらの思い描くステップアップのための手段ではなく、選手として抹殺されるためのゴルゴダの丘だった。

ゲレーロはその危機を察し、自分のキャリアを守るためにプロモ・アステカから逃亡したのだ。
一人残されたウルティモ・レベルデはトレロと対戦し敗れ、素顔をさらしたが、これは旧プロメル派閥への公開処刑としか思えなかった。

それから半年も経たずプロモ・アステカは消滅。

パンテリータとレベルデは表舞台から姿を消したが、ゲレーロはCMLLのビッグマッチであるアニベルサリオで、ミステル・アギラとのマスカラ戦に勝利するなど、着実にスペル・エストレージャへの階段を上がっていった。

つづく

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