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あの頃のウルティモ・ゲレーロ'95②

会場に到着し中に入ると、すでに多くの人が集まっている。しかしなにか様子がおかしい。体育館は線を引いたように半分に仕切られ、手前半分にはリングと客席が設置されているのだが、奥半分には白いビニールシートでつくられたテントがいくつも張りめぐらされているのだ。

それらのテントの中には人の姿もあり、料理をしている女性の姿が目に入った。

どうやらここは仮設の避難所のようだ。

この年、メキシコシティの南部では大雨による災害により家を失い、このような場所で生活する人たちが多く存在していたようで、たまたま興行が行われる体育館が避難所になっていたのだ。

日本では確実に開催中止になるところだが、避難所であろうがそのまま興行ができてしまうのが、メキシコらしいところかもしれない。
被災者とは無関係の一般のお客さんはチケットを買って入場し、被災者の人たちも生活スペースから出てきてルチャを観戦する人がいる。その一方で試合には目もくれず、テントの中で日常生活を送っている人がいるという、非常に不思議な空間が広がっているのだ。

前回フラナガンとスペル・パンクを名乗っていた対戦相手の2人は、この日からウルティモ・ゲレーロ、ウルティモ・レベルデへとリングネームを変更した。
新団体がメキシコシティで行う初興行で、新キャラクターがデビューしたといえば聞こえはいいが、2人のマスクとコスチュームは2週間前とまったく同じものだった。

後年インタビューでゲレーロは改名後のデビュー戦を、この次に行われたアレナ・ソチミルコ大会と語っていたので、この大会のことは覚えていないのかもしれない。
現在メキシコナンバー1と言われる実力派ルード「ウルティモ・ゲレーロ」誕生の舞台は、避難所のテントが張りめぐらされた体育館の一角という、非常にシュールな空間だったのだ。

第一試合が始まりしばらくすると、関係者が控室にやってきた。

「リングがガタガタで、いつ壊れてもおかしくない。みんな、ロープワークは控えてくれ。」

控室から出てリングに目を向けると、確かに選手がロープに飛ぶたびにギシギシとイヤな音がする。ロープやワイヤーが劣化しているというよりも、リングそのものにだいぶ年季がはいっているのだ。

リングに上ると、目線が高くなったため、テントの中をうかがうことができた。寝転がってテレビを見ている人、その向こうにはテーブルで食事をする家族の姿が見える。
ルチャ会場の本来あるべき非日常の世界が感じ取れない中、試合開始のホイッスルが鳴った。
序盤こそロープを使わないよう意識していたものの、派手に動き回らないと、この雰囲気をこわすことは難しい。
その結果、いつの間にか4人とも普通にロープを使うようになってしまい、ロープワーク時のリングのきしむ音は、「ギシギシ」から「ガコンガコン」という、かなり危険な音色に変化していった。

「やめてくれ!ロープに飛ぶなって言ってるだろ!」

リング下で先ほどの関係者が、懇願するかのように大声で叫んでいる。こんな劣悪環境で行われた試合ではあったが、前回よりは納得のいくものができたことで胸をなでおろすことができた。

当時メキシコでは、どこの団体でも毎週月曜に一週間の試合スケジュールが事務所に張り出されるため、選手は確認のために足を運んでいた。
プロメルの事務所はフェルサ・ゲレーラとブルー・パンテルの経営するジムの中にあり、そこにはリングも常設されている。
いつものように事務所に行くと、まだプログラムが張り出されていなかったので、ボクは暇つぶしにリングに上がりロープワークを行い、軽く何度か受け身を取ってみた。するとゲレーロ、レベルデとその兄であるパンテリータ・デル・リングの3人がリング下からモゾモゾと垂れ幕をめくって這い出てきた。3人は一様に眠そうな顔をしている。

「そんなところで何やってたんだ?」

いつから3人がリング下に潜り込んでいたのか不思議に思い尋ねてみた。

「お前に起こされたんだよ!」

ゴメス・パラシオから上京してきた彼ら3人はこのジムに住みこみ、ルチャとは別に仕事をもっていた。住み込みといってもジムには部屋どころかベッドもなく、リングの下にマットを敷き、そこを寝床にして暮らしていたのだ。
彼らにしたら、熟睡中に上でバタンバタン受け身を取られたのだから、たまったものではなかったのだ。

メキシコシティの小会場で不定期に興行を開催していたプロメルは、ボクたちが合流してから4か月が過ぎた頃、10日間にわたる北部遠征が行われた。その初戦が行われるアメリカとの国境の町レイノサまで、貸切りバスで前日の深夜に移動することになった。

しかしこのバスはこれ以下ないというぐらいのオンボロバスで、走行中隙間風が吹きすさび、車内は極寒という地獄絵図となった。
肌が少しでも露出していると、とてもじゃないが耐えられず、だれもが着衣の服の中に手や腕を隠し、寝袋のように丸まって身動きがとれないのだ。

翌朝現地に着き、バスから降りると全員が安どの表情を浮かべていたのだが、パンテリータとゲレーロは浮かない表情で小さな箱を見つめていた。

彼らはジムで飼っていた、小さなウサギとひよこを1羽づつ箱に入れて巡業に帯同したのだが、荷物置き場は車内の寒さがウソのようにエンジンの熱で高温を保っていたようだ。
そこに入れられていた2匹は見るも無残な姿になっており、2人はそれを呆然とみつめていたのだ。このころからボクの中で、彼らは「ゴメス・パラシオの3バカトリオ」になった。

つづく

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