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あの頃のアントニオ・ペーニャ’97②

AAAには3人のマッチメイカーがいて、そのうちの一人であるローカル会場担当者からは仕事をもらうことができるのだが、ここでいい試合をしたところで、テレビマッチに抜擢されることはない。
彼はセミ、メインにAAAのスター選手を使い、自らがプロモーターとなって自主興行を行い、その前座として人数合わせにボクたちを使っているだけなのだ。あくまでAAAのメイン舞台はテレビマッチで、そこに出ない限りはAAAで仕事をしているとはいえない。ワンマン体制のAAAでは、代表のペーニャがイエスといえばイエス、ノーと言えばノーなのだ。

先が見えない状態のまま、ボクは大日本プロレスのシリーズに参加。このツアーには、メキシコから女子のネフタリも参加していた。彼女とはだいぶ前から顔なじみだ。

「メキシコに戻ったら試合するの?」

シリーズも終わりの頃、彼女が聞いてきた。

「うん。でもAAAの事務所に毎週行っているんだけど、なかなか使ってもらえないんだよ。」

ネフタリは長く日本に滞在していたが、もともとAAAで試合をしていた選手だから、事情はよくわかっている。

「オフィスでは誰と話しをしているの?」
「チュウチョと話したいんだけど、あんまり相手にしてくれないんだよね。」

チュウチョとは、ペーニャ代表の右腕ともいわれているAAAナンバー2のヘスス・ヌニェスのことだ。

「じゃあちょっと待って。私が手紙を書くから、それを渡すといいわ。」

そういってペンと紙を用意すると、ネフタリは手紙を書き始めた。

「これでいいわ。チュウチョにあなたを推薦しておいたから、絶対渡してね。」

あまり期待はできないが、とりあえずこれでヘススと会う口実ができた。
メキシコに戻ると、その手紙を手にAAAの事務所に向かった。直接ヘススに手渡すと、彼は目の前でそれに眼を通し始めた。

「届けてくれてありがとう。」

そのあとマッチメイカーに会うためにそのまま待合室で待っていると、ドアの横にある壁にあいた小さな小窓の向こうから、ヘススが物思いにふけっているような、考え事をしているような表情でこちらを見ていて、ボクを手招きで呼んだ。

「うちで試合やりたいのか?」
「もちろん。」
「そうか。」

手紙の効果があったのか、何か変化の兆しが感じられたので、引き続き毎週事務所に通い続けることにした。

そんな時、普段は地方ばかりのAAAのテレビマッチが、メキシコシティ近郊のトラルネパントラにあるアレナ・ロペス・マテオスで行われることになった。
ジライヤさんは日本に帰国中だが、ペーニャに会うチャンスだ。ここで直談判しよう。

当日試合開始より早めに会場に向かうと、丁度会場前でペーニャが車から降りて歩いているのを発見したので、急いで駆け寄る。
向こうもぼくに気がついた。

「おお、きみは……。」
「ゴクウです。前にお話しした時、ビザに問題があるとのことでしたが、もうプロモ・アステカとは何の関係もありません。大丈夫だから試合させてください。」
「問題ないのか?」
「はい、大丈夫です。」
「じゃあ、水曜日オフィスに来なさい。」

ぼくたち外人がメキシコで勤め先を変える場合、ビザ切り替えのために辞めた会社からその証明書を書いてもらう必要があるのだが、プロモ・アステカはそれをしてくれなかった。しかしジライヤさんが弁護士に頼んで書類を作成し、先方にサインさせていたので形式的には問題はないはずだ。

今までと違う手ごたえをつかみ、翌週オフィスに向かった。

「誰との面会ですか?」

いつも受付の女の子に言われるセリフだ。

「セニョール・アントニオ・ペーニャです。」
「アポイントはとってありますか?」
「はい。今日来てくれといわれました。」

アポイントを取っても取らなくても、待合室で待つのはいつもと変わらない。ローカルでの試合を組んでくれる、マッチメイカーのサラサールと話をするときでも2~3時間待つのが普通だ。ペーニャは本当に時間がとれないだけなのか、それとも会う気はないのか、こちらにはわからない。

結局この日はオフィスが閉まるまでいたが、何も起こらなかった。
ただ最後にヘススが出てきて、また来るように言われた。これは今までにない対応だった。

しばらくの間、午前中に練習し、午後はオフィスに行き、閉まるまでいるというのが何度か続いた。そのたびにヘススは最後に、ペーニャの時間がとれないから、また来てくれと言い残すので、どうやら会ってくれるつもりはありそうだ。しかしこのやりとりは、結局年をまたいでしまった。

年が明け98年となったがメキシコに、お正月ムードはまったく感じられない。ただルチャドールの多くは年末から里帰りをするので、1月中のオフィスはガランとしている。

そんな年明け早々、相変わらず待合室で待っていると、突然メキシコ料理のタマレスが山のように用意され、その場にいた全員に配られた。
メキシコでは毎年2月にタマレスをふるまう習慣があるのだが、ペーニャは仕事が本格的に始まり忙しくなる前の1月のうちに、オフィスでそれを行っていたのだ。

社長室から出てきたペーニャは、ボクのとなりでおいしそうにタマレスを食べ始めたが、さすがにこの場で仕事の話をするのは失礼か、とそんなやきもきとした、歯がゆい気持ちでタマレスをほおばった。

つづく

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