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「とわの庭」

小川糸 著 「とわの庭」

とわは、うつくしい母親「あい」のもとに生まれた。
彼女たちは、「とわの庭」とよぶ豊かな庭のある一軒家に二人の世界を育んでいた。
ふたりは「とわのあい」で結ばれた、透明で黄金色の、生糸のように儚い光で結ばれていた。

とわは、目が見えない
でも、目が見えないのが悲しいこと、とは思っていない
見えるからいいこともあれば、逆に見えるからこわいことだって、いっぱいあるに違いないから。
彼女は、母と暮らすちいさな世界を、「みる」以外の全ての感覚を使って感じていた。
とわの庭では、季節ごとに違う花たちが甘い香りを漂わせる
朝になれば、黒歌鳥合唱団がげんきよく声をあげる
母をさわれば肌を感じ、いつもまとわれたスイカヅラの香りに顔を埋めて何よりも幸せになれるのだ。


そんなとわの虹色の世界が、突如少しずつ、歪み始める


深夜仕事に勤しむ母は、家に帰るととわに手をあげることが増え、ある朝すっかり姿を消してしまった

日に日に、家からは耐え難い異臭がするようになり、階段を降りたところに、時々ごそごそと動く袋が転がっているのは、いったいなんなのだろう

毎週水曜日に、玄関に食べ物を届けてくれるオットーさんも、暫くきていない

それでもとわは生きることを諦めず、小麦粉でも消しゴムでも、なんでも食べた

周囲から蔑む視線を浴びせられようと、家を囲ってくれるゴミに守られていたとわ
外の世界に見つけてもらえたのは、それから約10年後のことだった。


みるに耐えない姿で保護されたとわが、心優しいスズさんとともに一歩ずつ自立への茨の道を進んでいく。
母親と自分の庭がすべてだった彼女が、盲導犬とともに自分の一日を切り開いていく。
出会いと別れを繰り返し、まいにち少しづつ強くなっていくとわに見えている世界は、満足な体で生まれた人間の何倍も豊で、芳しく、眩い、うつくしいものだということを、著者の言葉を辿って感じていく。



私が欲する物語は、ごくふつうにこの世界にありうる人生の話

生きていれば、突然耐え難い苦難が訪れることもある
それでもまいにち、この1日を生きることを積み重ねた先に、私に新しい視界が開け、世界に光が差し込んでくる


それらは決して大袈裟なハッピーエンドではなくて、
ただ、私の捉え方次第で、この人生がいくらでも輝かしいものに変えられるというたしかな勇気を、もらえる話なのだと思う。



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