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PERFECT DAYS

彼は、「TOKYO TOILET」の青いツナギを着て、毎日都内の公衆トイレを掃除する仕事をしている。

よく居合わせる若年の生意気な同僚からすると、「仕事はめっちゃできるけど無口すぎて何考えてるかさっぱり」な老人。
掃除中にすれ違う人々は、彼を「掃除ロボット」か何かのように見て見ぬ振りをするか、卑しむ視線を送ってきさえする。


ただ彼はといえば、この世界と繋がっているようで、全く別の場所で生きている。
普通の世界の人たちと、あらゆる意味で交わることはない。



自前のトラックに自作の用具を積み、好みのカセットテープの中から今日の曲を選び仕事場へ向かう。

清掃員の朝は早い。朝5時ごろだろうか、日が昇る寸前の霧がかる紺色の世界の中、毎日隣人の箒を履く音で目覚める。

カーテンの隙間から今日の空を眺める。

目覚めて間もなく寝具を整え身支度をし、ドアを開け空を眺め、微笑む。

玄関前の自販機で缶コーヒーを一本買ったら相棒のトラックに乗り込み、今日のカセットを一つ選んで車を走らせる。

仕事を始める。

トイレを一つ一つ、きれいになるよう世話していく。

たまに、同じ世界の住人を見つけたり、利用者を待つ間に、木漏れ日に見惚れたり、神社の木陰に小さな命を見つけたりする

仕事終わりの銭湯、行きつけの酒場で浴びる「おつかれさん」

帰宅すると横になり、寝床で小さな灯りを灯しながらうつらうつらと読む小説に眠気を誘われ、瞼を閉じる。


閉じられた瞼には、跳び迷うハエのように、今日に見た幾つかの瞬間の、光と影が
走り去ってゆく


遠くに聞こえる、箒を履く音

カーテンの隙間に漏れる、晴れ空に浮かぶ雲

そうしてまた、一日が繰り返されてゆく



この作品は、偶然カメラの焦点があったある清掃員の、単調な1日の繰り返しである。
ただ、彼の目が選ぶ景色には、一度たりとも同じ場面はない。
まるで、一瞬に宿る木漏れ日のように、それは常に変化する。

彼の目は、その些細な変化に歓びを見出す

そして私たちは学ぶ
変わるという小さな歓びを見つけられる人の世界では
一日がこんなにも新しく、発見と喜びに溢れ、完璧なのだ。


凪の境地に至った男が唯一感情を表情に溢れさせる、最後の約1分
そのためだけにも、劇場に足を運んでほしい傑作と言える。


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