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息子

詳細は言えないけど、超売れっ子有名イラストレーターの息子が勤務先の新入生として入学して来た。

職員室の噂話として耳にしてへぇ〜すげぇ〜と思いつつ、今日その子(仮にAくんとする)がいるクラスの初の美術の授業があった。美術室に来た生徒達の顔を名簿と照らしながら、一人一人確認する中でAくんとだけ目が合った。

授業が始まり、僕が「美術係」が誰か確認した。なんとAくんだった。(教科係という、学級の中の役割分担の1つ。係になった子はその教科の先生の指令を全うしなくてはならない制度。数学係や理科係などもいる。)こんな運命ある??と1人で感動しつつ、興奮を悟られぬよう冷静なフリをした。

授業中もAくんの視線が気になってしょうがなかった。だって大作家のサラブレッドだよ??私の言動、一挙手一投足なんかよりよっぽど純度も次元も高い美術をご家庭で味わっているに違いない。「家にすげぇ高級な色鉛筆とかあんだろうな…」とか、「お父さんの個展とかイベントあったら、全国各地一緒に行ったりすんのかな…」とか、「てかお父さんって、家で仕事してるの!?作業場は別!?サインもらってきてくれない!?!?」とか授業しながら頭の中はAくんにまつわる煩悩だらけだった。

そんな中もAくんは真っ直ぐな眼で僕のつくったスライドを見続けていた。それに対して私は「もっとテキトーに聞いてくれぇ〜!!」「値踏みしないでくれぇ〜!!」「家に帰ってお父さんに「A、今日の学校はどうだった」と聞かれて「今日は初めての美術があったよ。」「そうか、どうだった」「先生は顔がでかいし、授業も大した事なかったよ。」とか言ってたらどうしよ〜!!!!」みたいな事を悶々とさせていた。情けなさすぎるがそれだけのビッグネームなのだ。

ただAくんがそのビッグネームの息子だという事は同級生達や他の生徒達には悟られてはいけない。思わぬ攻撃を受ける可能性もある。教員としてその感覚はある。なのでめちゃくちゃ色々聞いてみたいという1人の創作好きおじさんとしての好奇心を抑え込み、何も知らないテイで授業を終えた。

授業を終えた後、Aくんが僕のところに来た。
「先生、今日美術部は活動していますか?」

……………………激アツ。
キュイキュイキュイーーン

超大型新人爆誕!!!!!!!!!!


この機を逃してたまるか!!!!!
片思いが両思いになった、そんな感覚だった。

そもそも男子校で美術部はそんなに人気は無い。なので部員は少ない。新入部員は貴重なのだ。その上でAくんが美術部に!?時期部長待ったなしだろ!!!!

実際放課後Aくんは美術部に現れた。
最初は「絵描くの好きなの〜?」とか、部員を交えて他愛も無い会話ばかりしていたが、普段自由帳に描いているという絵を見せてもらい、好奇心を抑えきれなくなった。何せ、お父さんの絵柄にそっくりなのだ。

それをみた僕は教員という立場を忘れ、美術好きおじさんになった。そしてAくんの帰り際、2人きりになったタイミングで我慢できずに伝えてしまった。僕は君のお父さんの仕事について知っていて、お父さんのファンであると。

Aくんは意外と驚きもせずにこやかな表情。伝えてからAくんが下校する数分間はお父さんの事は気にもせず、教員と生徒の関係というよりは創作仲間として語らえた。最高に楽しかった。最後にAくんはこういった。「美術の時間が楽しみです。」光栄すぎる。光栄すぎるぞ。

ただ見学に来ただけなので、まだ顧問になったわけではないしかなり気が早いが、俺の今まで培って来た全てをAくんのアートワークの糧にしてほしい。美術教員冥利すぎる。

考え方は色々あると思う。「父親の仕事を気にせずアート関係に引っ張られずに自由に生きていけよ!」とか、「まぁ美術が好きなら、父親の画風とかは影響受けてるだろうからその臭いは消せよ!」とか、「父親にも俺にも左右されるな。自分で切り開け。お前の人生だ。」とか。Aくんに対するアプローチとして色んなパターンをシュミレーションしたけど、どれも駄目だ。AくんはAくんである。勝手に特別扱いして、失礼極まりないじゃないか。公私混同せず、他の子と同じ様にフラットに、俺の思う美術を伝えていけばええんや。それを活かすかどうかはAくんの自由や。何にせよこれから楽しみだなぁ!!めっちゃ授業のハードル上がるわ、むしろ燃えるぜ!!!!

最後にAくんの発言でビビっと来たものを1つ。僕が自由帳に描かれた絵に対して「どういう時に描きたくなるの?」と聞いたら「んー、頭の中のイメージを、取り出したくなるんです」と答えた。なんだか僕も同じくらいの時に似た感覚があったな、と思い出した。頭の中にワクワクするイメージがあって、それは頭の中にあってはムズムズするので取り出さないといけない。描くことで取り出されるのだ。紙にペンで描くのが1番だが、それが無い場合は僕は空中に指で描いていた。あの感覚か!?Aくんも同じ気持ちなのかな!?少し嬉しくなった。

もしこれからAくんが美術を志して、将来それを生業にするんだとしたら、10年後にはすぐに追い抜かれてあっという間に大スターだろう。それだけのポテンシャルを感じた。もしそうならないにしてもひたすらに楽しみな子である。とりあえずお父さんの個展とかあればご挨拶に伺いたいなとか思った。

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