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もう年の瀬
年末年始は出向先でお仕事をしている予定です
年末ぐらいダラダラ寝腐って朝から晩までお笑いの番組を見ていたい
でも、まぁ仕事なら仕方がない。2回目だし
別に気にしない
寝ている他に年末年始にしている事といえば
来年、いや、今年一年をどんな風にするか
一年の目標なのか、計画なのか、妄想なのか
わからないけど
やりたいことを夢想している
「今年こそあれをやりたいなー」
「これに挑戦しよう」といった
如月には忘れて消えてしまうであろうこと考えるのである
妄想の時間はいつでも楽しい
一年の始まりからそんな時間の使い方をしている

ただ、仕事のためにそんな妄想の時間もゆっくり取れない
少し早いが、来年2024年の事を考えてみようか
来年の事を言うと鬼に笑われてしまうかもしれないが
どうせ、楽しくなりたいのだ
一緒に笑おうではないか

でもなんで来年の話をしただけで笑われてしまうか

この諺の意味を調べてみるよ
⇒将来のことなど前もって知ることはできないのだから、
あれこれ言っても仕方がない。
予測できるはずのない未来のことを言うと、鬼でさえおかしくてせせら笑う
という意味らしい

まあ確かに2月には忘れてしまうぐらいなのだから
想像をして期待するぐらいならムダだと言うことかもしれない

でも、社会人になると
仕事のプロジェクトは数ヶ月単位、一年単位になるものもある
そのプロジェクトを考えるのは無駄か
いや、そこには期待を実現するたための
綿密な計画が存在するのだろう
妄想から生まれる期待の一歩先、期待を現実化させる為の計画

来年こうなっているためには
1月はこれをして
2月はあれをして
3月ああなって・・・
ただ、期間が先になればなるほど非現実的に
フワッとしてしまうが
一ヶ月先ならリアルな想定ができそうだ
一ヶ月おきに細かい単位で見直し調整し実現をしていく
そして一年後の妄想を現実にする
これなら鬼も笑わないまでも
「なんだこいつ、小難しいことやってんな」ぐらいの
口角を上げて見守ってくれるのではないか

来年の私の目標は
・本公演の成功(8〜9ヶ月後)
・団体の成長(1年後)
・プレイヤーとしての出演(1年以内)
・仕事での昇格、昇給(半年〜1年以内)
・活動にも仕事にも役立つ資格の取得(数ヶ月毎にいくつか)

この辺りだろうか
あー全部やろうと思っていたらこれは
鬼さんにも笑われてしまいそうだな
計画も実践しなければ、結局は妄想と一緒になるのだから
こんなに言っておいて一つも実現していなければ
「ほら、言わんこっちゃなっしぶる」
と鬼さんは大爆笑だろう

そもそも、鬼ってどんな鬼なの?
昔話に出てくるようなおっかないやつ
その鬼も2月の頭には
豆を散乱銃のごとくぶつけて家から追い払うのでしょう?
そしてまた年の瀬になったら帰ってくるのでしょう??
え?そう思ったら
鬼ってスタンド的な何かなの?
背後霊的な?気づいたら立ってるみたいな
こわー不死身かよ

話は変わるが
「鬼」という漢字は「きさらぎ」と言う読みもあるそうで
二月=如月=鬼
あ?だから節分て二月にやるの??
そして「二月は逃げる」とも言いますね
鬼が逃げる月、二月(豆の威力って改めて想像以上だな)

笑うだけ笑って逃げていくのねあなた方は
なんだろう
おじゃる丸の小鬼三人衆ぐらいの可愛いイメージなのかもしれない
なるほど!
それなら、その三人衆が年の背に帰ってきた時に
驚くような姿になっていればいいのだ
尺じゃなく金属バットを持って待っていればいいのだ
物騒かなんだ、大きめのハリセンくらいか・・・
なぜ、暴力が連想されてしまうのか

小鬼たちに笑われないよう
来年の計画を立てていくことにしよう
彼らが戻ってくる頃には
資格や舞台の成功を土産話ができて
一緒に笑えるようにしておこう

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