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嘘をつき忘れた4月1日。

「本日からよろしくお願いします!」

あぁ、そうか。今日から新年度か。新入社員が2名。緊張で顔を強ばらせながら僕に挨拶する。僕は彼女達が肩の力を抜けるよう冗談を混えながら、社長として、社会人の先輩として、2人を歓迎し仕事の在り方を教示する。3人だけの入社式。希望に満ちた輝く瞳を曇らさないよう、会社の繁栄を胸に誓う。

立派な社長を演じた後は、オフィスを抜け出しあの娘のもとへ。春風と共に待ち合わせ場所にやって来たあの娘がニコリと笑う。僕は目を逸らし、照れた顔を隠す。

桜並木の公園で手を繋ぎ、池のボートで戯れあう。ベタなデートにはしゃぐあの娘。花びらが頭にチョコンと落ちただけなのに、涙が出るほど笑いあう。目に映るもの全てが鮮やかな春の日。

いつものHOTELであの娘を抱く。うららかな時間を過ごした分だけ、より愛しく想える。穏やかな気持ちの延長線にある興奮が、心と身体を強く結びつける。心が身体を、身体が心を凌駕していく。

窓から差し込む夕暮れの光と、レトロな間接照明が相まって、あの娘の身体が桜色に染まる。散らしてなるものか...

帰り道、

「離れたくない」

とあの娘が言う。あの娘がそんな事を言うなんて初めての事だ。それでも離れ、僕らはそれぞれの帰路につく。

「ただいま」

リビングでくつろいていた妻が笑う。暖かい風呂につかり不純な汚れを洗い流す。寝室で息子の顔をそっと撫でる。


僕は大きな嘘をついている。今日だけでなく、ずっと前から。その真実を肝に銘じ生きていこう。


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