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かつてのライブを取り戻していく時間『SAKANAQUARIUM アダプト TOUR』ライブレポ②−

<前回までのライブレポは↓こちらです>


コンセプティブな空間だった前半から一変して、『DocumentaLy』から『忘れられないの』に至る後半はどんなライブだったのか?

それは、かつてのサカナクションのライブを取り戻していく空間だった。前半はライブに参加している中でも「見る」という体験が重視されていたが、後半はより参加する、もっと言うのめり込むような感覚で参加していたような気がしている。

そんな後半を振り返っていく中で重要な視点となるのが、セットリストの濃さだ。場面が切り替わったことを明確化させるかのように、いつものラップトップセットで披露された『DocumentaRy』から始まり、『ルーキー』『アルクアラウンド』『アイデンティティ』とサカナクションの代表曲がこれでもかと続いていく。

ライブから数日後、偶然にもTVプロデューサーの佐久間氏が今回のライブに言及したコメントを見かけた。

本当に今回のサカナクションのライブ、おすすめです。あと、大根仁監督と一緒に行ったんですけど。大根監督と見ながら「っていうか、ライブのキラーチューン、多すぎねえ?」っていう。本当に、マジでセトリは言わないけど、後半はもうサザンみたいで。爆発的なヒット曲ではないんだけど、「こんなにライブのキラーチューンがあるの? このバンド、すげえな!」みたいな風に思いました。なので、それもおすすめですっていう感じですね。
(注1)


確かに爆発的なヒット曲では無いかもしれないけれど、後半はサカナクションのリスナーなら誰しもが分かる代表曲が連続していた。2018年の『魚図鑑ゼミナール』ツアーであえてバラード曲からライブを始めてみたり、『ルーキー』からの『アイデンティティ』という定番の流れを組み替えてはまた元に戻してと、代表曲の立ち位置をあれこれと試行錯誤してきた彼らとは思えないくらい、ここまでキラーチューンをぶつけてきたのは正直意外だった。

でも、そんなキラーチューンの連続だからこそ、ライブの盛り上がりは加速していったし、僕ら観客のボルテージも急上昇した。盛り上がりに遅れないように、レスポンスで僕らも必死で食らいついて行く。

サカナクションのリアルライブはすっかりご無沙汰だったのに、『アルクアラウンド』の手拍子の位置だったり、『ルーキー』や『アイデンティティ』のコーラスに合わせた振り付けだったりとライブでお馴染みの振り付けを見事にこなしていく。

武道館公演3日目の29日は2階席からライブを見ていたのだけど、この手拍子や振り付けが綺麗に揃っていく様子がまさに絶景だった。特に『アイデンティティ』の「ららら」で最初はバラバラだった手振りが、次第に揃っていくその景色には「あ、これが会場が1つになる瞬間なんだ」と思わず見惚れてしまった。この光景に、振り付けを通じてライブに参加するのももちろんだけど、一歩引いて見た時にステージと客席が1つになる瞬間が分かるのもライブの醍醐味だと思った。

そんな訳で、僕らの体にすっかり馴染んだキラーチューンが目立つ後半なのだけど、それと同時に新曲たちもライブの新しい顔になろうと存在感を発揮していたのも印象に強い。

後半で披露されたのは『プラトー』と『ショック!』だ。どちらも先行配信だったり、ツアーのライブの告知映像で公開されていたりだったので、そういった点でも前半の新曲以上に予習はバッチリだったように思う。

まずは『プラトー』だが、印象としては彼らの曲の中でもかなりコーラスが冴え渡っている曲だと感じた。特にラスサビの山口の歌唱とバンドメンバーのコーラスが重なる瞬間には、久しく彼らのライブから離れていた事もあり、よりグッと来るものがあった。実際にライブで聴いた時には、このパートには圧巻されたし、ようやく彼らのライブに帰ってこられたのだとウルっとしてしまった。

『ルーキー』、『アイデンティティ』、『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』のように、彼らの魅力の1つにコーラスが挙げられるけれど、間違いなくこの『プラトー』も肩を並べるくらいに存在感を放っていた。

そんな『プラトー』同様に『ショック!』も今やライブの顔になった。それはライブに参加した人なら分かると思うが、「ショック!ダンス」がとにかく楽しいからだ。ここからはより主観的にこのダンスの魅力を語ってみたい。

ライブの告知映像で何度もこのダンスを見ていたので、ダンスの予習は完璧。今か今かとサビを待ち続け、メンバーの「ショック!」のコーラスで脇を広げたり閉じたりする。そんなに客席は広く無いけれど、与えられた空間で懸命に踊る。何だこれ、めちゃくちゃ楽しいぞ。2番が始まって、次の「ショック!ダンス」のタイミングを待つ。早く踊りたくて仕方ない気持ちがどんどん増していく。もう間も無くサビだ!ということで、またショックダンス!うわー超楽しい。ずっとこれが続けばいいのに。夢中になって踊る。

ラスサビに入り、おそらく「ショック!ダンス」ができる機会も次でラストになるだろう。次もめちゃくちゃ踊るぞと用意していたが、どうやらラスサビは違う。ステージ上の山口は「たけのこニョッキ」のニョッキポーズで会場を踊らせていく。まさか「ショック」ではなく「ニョッキ」とは。でも、ニョッキも楽しい。会場全体でニョッキニョッキと踊っている姿は何だかシュールで面白い。『ショック!』が終わる頃にはすっかりクタクタだった。

「ショック!ダンス」での参加も楽しかったけれど、映像や演出も面白かった。全くインタビューに答えてもらえない架空の情報番組『SHOCK!』やショッキングな映像(もちろん笑える意味で)がステージ上には映し出されてく。「ショック!ダンス」で体を動かしながら、目で見ても楽しい演出だと思えた。歓声は上げられないけれど、代わりにできることで全力で楽しんでいくこと。そんな『ショック!』はコロナ禍を経て生まれたサカナクションの新しい発明だと感じた瞬間だった。

その後も『モス』、『夜の踊り子』、そして 『新宝島』とひと息つく暇も与えてくれない。今までライブで踊れなかった鬱憤を晴らすために、徹底的に踊らせて休ませないこのセットリストに「ハードだなー」と心の中で嬉しい悲鳴をあげてしまった。

今思えば、踊るこちらもしんどいけれど、演奏する方もかなりしんどいセトリだったと思う。だって、今までこんなにキラーチューンを連続でやる機会なんてなかったのだから。これでもか代表曲をぶつけてくる彼らの意図として、ずっとライブを待っていてくれた僕らリスナーに向けての恩返しと言えるのかもしれない。

そんな盛り上がりのピークが常に続いているようなライブを締めたのは『忘れられないの』だった。テンポ的にもちょうど良かったのもあるのだけど、僕はこの曲の持つ肯定感が良いなと思った。

素晴らしい日々よ 噛み続けていたガムを吐き捨てた
(注2)

何気ないフレーズだけど、こうしてライブのラストに歌われるとこの時間を全力で肯定してくれたようで嬉しくなる。改めて、サカナクション・山口一郎の書く言葉の力強さを感じる。

前半パートでも取り上げた『multiple compousure』や『スローモーション』のように、今の時代だからこそ、その言葉の持つ意味だったり、感じ取る印象が変わってくる。改めて、山口一郎はどの時代にも通用する言葉を描き続けていくソングライターなのだと確信した。全力になって踊ったこの時間を優しく肯定してくれる『忘れられないの』はこの後半戦を締めるのに間違いなかった。

ここまでの後半パートはステージを細かく捉えること、分析することよりも、ライブを体験したその感覚がそのまま伝わるように書いてみた。ずっと聴きたかった、踊りたかったサカナクションの曲で自由に踊れる喜びはやっぱりかけがえのないものだった。

コンセプティブなライブも良いけれど、音楽の中で自分の体を解放して、夢中になって踊ること。コロナ禍ですっかり失われてしまったこの楽しみを十分に堪能するために欠かせない時間だったと今は感じている。特に後半のパートはキラーチューンの連続とライブの代表曲になり得る新曲の存在感もあって、よりサカナクションのライブに参加している多幸感が増していたと感じている。

それと同時に、このパートには変わらないサカナクションが垣間見えた事も何だか嬉しかった。常に僕らリスナーに「音楽で還元していく」ことを公言している彼らだからこそ、「ありがとう」という言葉ではなく、こういうセットリストで感謝を届けようとしたと僕は考えている。

そんな後半を経てのアンコールな訳だけど、前回同様に次回へと続きます。


▽注釈
注1 佐久間宣行 サカナクション『SAKANAQUARIUM アダプト TOUR』日本武道館公演を語る
https://miyearnzzlabo.com/archives/78838
注2 サカナクション『忘れられないの』 作詞 山口一郎

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