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あなたのたった一言で私は22歳まで生きている

私には忘れられない一言があって、その一言を支えに22歳まで生きていたりする。

それは私が異常に繊細すぎる女子中学生だった頃の話で、いつも人が怖くて世界がぼやぼやしているような感覚があって簡単にいってしまえばかなりこじらせていた時の話で。ここまで書くと中2病チックだが、そういう言葉で自分の弱さや繊細さを隠していた時期でもあったと思う。

その頃は人と会話するのも人の輪にいるのもすごく苦痛。「思い出のマーニー」の序盤で「私だけが輪の中から外れているみたい」というセリフがあった気もするけど、まさにそれ。どこにいても誰といても孤独で辛くて逃げ出したかった。そんな私を見ていた当時の担任のA先生(40代の女性)はよく私を「教材運び」に誘った。他の人からすればめんどくさい雑用だろうが、教室にいるのも辛い私にとっては唯一の逃げ場だったのだ。A先生も私が常に苦しくてモヤモヤしていることに気づいていたんだと思う。小さな校舎で短い廊下をゆっくり歩き先生と一言二言話す時間は、とても楽だった。

そんなA先生との「教材運び」をある午後にしていた時、私はポロリと自分の気持ちをはっきり言ったことがある。「人の輪の中にいるのがいつも辛いんです」と、本当にしょうもないシンプルな相談だしA先生も困っただろうなと思い返すと恥ずかしくなる。しかし、A先生はそんな私を慰めたり励ますこともなくある一言を言った。それが、私の生きる糧になっている。

「おばさんになっちゃえば周りのことなんてどうでもよくなっちゃうよ。」

この言葉の意味はA先生にとっては「おばさんになれば図太くなって周りを気にしなくなる」という意味だったんだと思う。でも、私は今感じている首をジリジリと締められるような感覚にはいつか終わりがあり、それは先生のように40代になればなくなるものなのだとしれて本当に、本当にホッとしたのだ。終わりのない苦しみはなくいつかは楽になれる。そう教えてもらったから、私はどんなに苦しいことがあっても「おばさんになればどうでもよくなることだな」というスタンスでかわすことができるようになった。

辛い時は「ああ、早くおばさんになりたいな」と思う。でもどんなに辛い時でもこの苦しみはいつかはなくなるから、もっと色んなことにチャレンジしたくなって何度も失敗しておばさんになりたくなって、いつか蜘蛛の糸を掴むように何かを成し遂げたいとも思う。

A先生の何気ない一言は今の私を作っている。
いつかA先生に再び会えたら、あなたの一言が一人の女の子の人生を作ったのだと伝えたい。ただ、それだけ。







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