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『千と千尋』原作への思い入れが強すぎる大ファンが、愛と敬意をもって舞台版を本気でレビュー。

私は、スタジオジブリ作品『千と千尋の神隠し』を心の底から愛している。
これは嘘偽りない正真正銘の事実。

2001年に映画が公開された当時は7歳でほぼ千尋と同世代、VHSのビデオも買って付録でついてきたハクのおにぎりのレプリカも持ち歩いていたし、事あるごとに大切に観た。大学を卒業して明日から社会人生活が始まるという6年前の3月31日にも気持ちを整えるために観た。
2020年の再上映も2回観に行った。紙の銭婆を連れて。

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カオナシのパフェも作った。

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そんな中、昨年、この作品の舞台化を知った。
最初は、「え…」と思った。
私がこの世で一番好きな映画が違った形で表現されることに、ちょっとした忌避感を感じたからである。
一方で私は、演劇も大好きだ。舞台関係の仕事を5年近くやっていたこともあり、舞台芸術の魅力もよく分かる。だからこそあの名作映画を、舞台上で見てみたい…そういう気持ちもあった。

怖さ半分、楽しみ半分だった。
私の大好きな映画を、大好きな舞台にするんだから、つまらないことしたらただじゃおかないぞと本気で思っていた。

2月28日にプレビュー初日の幕が明け、なるべくレビューは見ないようにしたが、無理だった。
Twitterを貪るようにあさりまくった。

見渡す限りほぼすべてが大絶賛のコメント。

「生涯ベスト作品」「千尋がそこにいた」「号泣した」

私の中のハードルが上がりまくり、観劇の楽しみは、緊張に変わっていった。私だけ楽しめなかったらどうしよう、映画を超える傑作だったらどうしよう。よく分からないけどどうしようどうしよう、と落ち着かなかった。



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(当日帝劇に向かう道中緊張しまくる私)


そして昨日、見終えたわけである。

観劇後、カフェでお茶しながら、家に帰りながら、家でご飯食べながら、風呂に入りながら、ベッドに入りながら、舞台のことで頭いっぱいだった。
一緒に観た彼(同じく千と千尋大好き)ともこの作品について語りまくった。
ここまで何か一つの作品にのめり込んだことはないので、まさに今率直に抱いている感想はちゃんと文字にして残しておかなくてはと思い、こうして筆を執った。


上手く書けるか分からないし、的を得ていないかもしれないし、時に失礼かもしれないけど、素直な一人の一感想と思ってほしい。

まず、ものすごく、楽しめた。
幕が明け、セットが転換し、あの世界観が目の前に現れたことに心が震えた。
世界トップのクリエイターや出役の血と涙の結晶であることが想像できた。
カーテンコールで手を大きく上げて拍手を送り泣いた。

その一方で、「ここは…」と思うところも正直ないとは言えなかった。
映画が本当に本当に大好きだから…

はい。前段が長くなりましたが、ここでは、舞台『千と千尋の神隠し』の、とても良かった点と、ちょっと個人的にはどうしても納得がいかなかった点、両方について書きたいと思います。
何度も言いますが個人の見解です。

未見の方、ネタバレされたくない方は飛ばしてください!

いきます。




とても良かった点

演出のジョン・ケアードさん自身も語られているし、他のレビューでも書かれているが、この舞台版では多くのシーンが観客の「想像」に委ねられている。観客の100%が映画を観ていることが前提で、我々の脳内のイメージであらすじや展開が補完されている部分が多い。
そもそもアニメーションはもちろん、映像作品は、時の経過や場所の移り変わりに自由が利く。一方、生身の人間がその場で表現する舞台には物理的な限界が生じる。『千と千尋』も、とにかく場面の転換が激しい作品なので、まずこの物語を、ほぼ映画をなぞるように違和感なく徹頭徹尾描いているという点において、カンパニーのすさまじい知恵と努力を感じざるをえなかった。

そういった演出面の優れた点と、俳優陣の特に良かった点について、具体的に記す。


まずは、俳優陣に関して。

① 萌音 IS VERY VERY NICE

正直、作品への思い入れが強すぎる私としては、舞台化と最初に聞いた時、不安になった。東宝芸能所属だし…なにがしかの政治が働いているのでは…とすら勘ぐってしまうほどだった。まず実年齢24歳の萌音さんは、本来千尋を演じるには大人すぎる。それに、千尋という「いたって平凡な、ドジであか抜けない女の子」を演じるには「上白石萌音」という女優の存在感や先入観が観劇の邪魔になるのではと心配になったのである。千尋は、一般人から公募してオーディションで決めた方が良いのではと正直思っていた。

舞台を観るまでは。

観終わった今の感想としては、この舞台の最大の勝因は彼女のキャスティングだとも思える。
多くの人がレビューで書かれているように、「千尋がそこにいる」と思えた。良い意味で、上白石萌音さんが演じているということを完璧に忘れることができた。
まず背丈や声が千尋に似ているし、身のこなしひとつとってもよくよく映像を見て研究されていることが大いに伝わった。ぼそぼそ喋るときも、「ねえええ!!」と叫ぶ時も。千尋だった。
意外にも、それを一番感じたのはカーテンコールだった。物語を終えて舞台袖から出てきた時、そこにいたのは“千尋役を演じた上白石萌音”ではなく、あくまで千尋自身がこの舞台をやりきったという風に見えたのである。観客に手を振る上白石萌音さん(=千尋)が、油屋を去るときに仲間に手を振るあのシーンと重なって、つまり観客である私が油屋の一員として萌音さんにありがとうと手を振っているように感じたのである。

② 夏木マリという「本物」

私が観た回が夏木マリさん回だったので、これはあくまでその回についての感想だが、やはり本物の湯婆婆の声が聞こえた時の鳥肌たるや。油屋イチの強烈キャラが、ちゃんと「本物」で出てくることのクオリティの担保は相当大きいと思う。
最初は、あの二頭身の湯婆婆をどう表現するのだろう、多少頭がデカいとしても、あの迫力は到底出せないだろうと思ったけど、あの夏木マリさんの声と動きがあるだけで、そのギャップを完全に忘れていた。


③ 咲妃みゆ IS THE BEST


私は、舞台版ではリンが準主役と言っても良いと思っている。
主役以外にも、湯婆婆・カオナシ・ハク…と濃すぎるキャラクターが次々に登場するこの作品で、あれほどの存在感を放っていたのは、咲妃さんの演技力に他ならない。

誰もが知っている原作アニメを実写化するにあたり、役者の演技が「モノマネ」になってはいけない。
咲妃さん演じるリンは、映画からそのまま出てきたと思えるほどそっくりそのままでありながら、間違いなくそれは「真似」ではなく、一人のリンという女性が生きているように見えた。特にそれを感じたのは、夜千尋とまんじゅうを食べながら「こんな街絶対出てってやる」と言うシーン。リンの素顔が垣間見えるさりげないセリフだが、あの一言に一人の女性の半生がにじみ出ているように感じられた。
さらに、彼女が千尋にとってどれほど重要な存在であったかということが、この舞台を通して初めて感じられた。

続いて、演出面について。


※※以降ネタバレ特に注意※※

④ オクサレ様のくだり


個人的には、2時間半の中でこの場面が一番印象的だった。強烈に臭い客が登場する始めから、名のある河の神として退場する一連。まずあの泥まみれのオクサレ様を無数の布でリアルに表現できているのもすごいし、大切なお客様だから丁寧にもてなそうとするも一同臭すぎてギブ、のくだりも面白かった。リンがかっぱらってきた朝飯が黒焦げになる演出も笑える。そして何より、オクサレ様から、自転車から何から大量のごみが出てくるという描写を、布一枚で巧みに表現できているのも圧巻だった。「油屋一同、心をそろえて」のくだりは舞台ならではのダイナミックさがあり、オクサレ様が去った後の一幕ラストの大団円ダンスも、映画では本来描かれていないにも関わらず、素晴らしいシーンだった。


⑤ 人力


公演パンフレットの中でジョン・ケアード氏は、『千と千尋』はとても演劇向きの作品だと語っている。その一方で、出てくるキャラクターは釜爺、ススワタリ、坊とあまりに現実離れしたビジュアルが多い。それを、ほんの数十名で役割を分け、アンサンブルキャストが一人何役も兼任して表現しきっているそのマンパワーに驚いた。まさにチームワークがなせる業。釜爺の手足、巨大化したカオナシ、ハク龍みたいな"一人"をみんなでの力で成り立たせるものもそうだし、女たちの雑巾がけや神々の行進といった"数で見せる"演出もそう。キャストの阿吽の呼吸と、稽古の賜物であると想像する。
カーテンコールで感じられたカンパニーの一体感は、アンサンブルがあらゆるところで関わり合っているのも、理由のひとつだろうと思った。



正直に「ここは…」と思った点。


あれほど物理的な困難が生じる展開をよくぞ忠実に描いてくださった…と言っておきながら、やはりどうしても限界を感じてしまったのは、やはり物理的な制限が生じるシーンだった。


① 両親が豚に変身するシーン


観劇前、ここの演出が一番気になっていた。このシーンはあまりに再現が難しいだろう。影の演出とかだろうか…と想像していた。
豚は冒頭以降でも登場するので、実体のある「豚」を登場させるのが必須だったのだろうと思うが、あの豚のかぶり人形はビジュアル的にシュールすぎて、「面白パート」という仕上がりに見えてしまった…。映画では、あの変身は勿論ギャグではなく、物語の異様な世界観に引き込む最初の重要な場面。当時7歳の私も震え上がった、「怖いシーン」である。映画のイメージと舞台で起きているシュールな状態とのギャップで、私は笑っていいのか分からなかったけど、まわりではクスクス笑いも起きていて…?…と思った…。ごめんなさい。


② 走りの描写


これも、本来映像では縦横無尽に駆け巡るところを、舞台上で再現する以上、不都合が生じるのは承知なのだが、この映画には躍動感あふれる印象的な「走り」のシーンがいくつもあるだけに、ここに制限がかかってしまうのは少々残念だった。
具体例を挙げると、

1. 千尋が赤い橋の上で息を吸ってしまい、ハクと逃げるシーン(映像では物凄いスピード感だが、舞台では手をつないで走るのみ)
2. 千尋がボイラー室に向かう時、階段を超高速で下り落ちるシーン
3. でかくなったカオナシが千尋を追いかけて走り回るシーン

何もかもすべてを完璧に再現するのは不可能なのはわかっているのですが…すみません。このシーンが大好きなもんで…。


③ ハク


ハクは、もしかすると一番演じるのが難しい役かもしれないと思った。まさに千尋が「ハクって人2人いるの?」と聞くように、千尋におにぎりくれる「ハク」の一面と、「私のことはハク様と呼べ」と言う「ハク様」の一面を演じ分けなければいけないからである。これは、二次元だからこそ通用するキャラクターというか、三次元で出てきたときに、「ハク様」の要素だけが浮いてしまうように思えた。千尋が素朴なだけに、少々のコスプレ感も正直否めなかった。特に舞台では、魔術を使う時の所作がアニメより過剰に描かれている。舞台ならではの配慮であることも理解しつつ、度が過ぎるとちょっとキザに見えかねない…。ハクはかっこいいけど、キザなの?
特におにぎりを差し出すシーン。ここにも陰陽師的な振り付けが加えられていたが、少々演出過多に感じてしまった。そもそもあのおにぎりは「千尋が元気が出るまじないをかけた」と本人は言っているけど、私の解釈ではハクは本当にまじないをかけたわけではなくて、「元気になってほしいと気持ちを込めた」ことをさらっと「まじない」と言い換えているハクの小粋さだと思っているので、あの場面にハクの魔法使い的一面は不要で、あれこそさらっと出してほしかった。


④ あのミニチュアの電車、いる?


⑤ クライマックス、空で二人が舞う大一番


『千と千尋』は、“見せ場”が多い。豚になるシーンもそう、湯婆婆との契約交渉、オクサレ様、人喰いまくったカオナシに追いかけられるシーン…など、山場だらけ。その中でいかに緩急をつけて舞台にできるかが醍醐味の一つだと思っていたが、ハクの本名が分かり龍の姿から変身する、クライマックスにかけてのあの大一番が、正直かなりあっさりしていたように思えた。映画のイメージが補完材料になっている一方で、映画との比較をしてしまうのも避けられない。
映像では、顔のアップに寄ったり引いたりが自在だけれども、舞台ではそれができない。また、千尋たちが空を舞う動きもすべて人力なので(人力が悪いと言っているのではない)、映画ではあれほど劇的でダイナミックなシーンが、舞台だとスケールダウンしてしまうのは、少々残念に思えた。

これは、本当にこの作品へのこだわりが強い一ファンの、一つの見解であること、私の意見も偏ったものであることを再度念押ししておきたい。ごめんなさい。


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これは「舞台化」であり、映画の「再現」なのかについては考えさせられた。
「映画はあくまで原作で、これは独立した舞台」と捉えるのであれば、豚がどうであろうがハクが踊ろうが何しようが関係ないだろう。が、台詞もプロットもほぼ映画ままと思うと、やはりこの舞台は「再現」と言うのが近いように思える。
だからこそ、「ここは(映画と比べて)こうしてほしかった」みたいな勝手な希望が湧いてしまうことをご承知いただきたい。

そして、観終わった後の大きな感想といえば、やはり原作の偉大さである。そんなことは何億人が百も承知だろうけど、舞台を観進めるにあたりその確信が強まるばかりだった。もちろん舞台作品としての完成度も高く、多くの観客を大満足させているという点においても大成功の興行だと思うが、やはりこの素晴らしすぎる映画にかなり助けられている。

というかそもそも、この舞台が「原作を超えてやろう」という野心的な思いで作られたものではない。
ジョン・ケアード氏もパンフレット冒頭の挨拶文で、「この舞台版で生じた至らない部分を観客が許してくれることを願う」と書いていて、なるほどと思った。
彼自身もこの映画が大好きだからこそ、「あの映画を舞台にしたらどんな風だろう」と一つの表現を探ったという方が近いのだろうと思った。


長々書いたところでもう一度映画が見たくなったので、DVDを買いました。
読んでいただきありがとうございました。


ちなみにこの日は、「20年後の千尋が自分の舞台見に来た」という架空のテーマのコーデ。笑


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(緑のストライプに赤のボトムス)

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