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監査スタッフの「直接加工時間」【監査ガチ勢向け】

監査スタッフの生産性を向上させることができれば、シニアスタッフの仕事を助けることができ、シニアスタッフは空いた時間でマネジャーの仕事にチャレンジできますよね。


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

前回のてりたまnoteでは、「監査の生産性を考える」というテーマで、生産性向上の手がかりについてお話ししました。

そこで書ききれなかった「もう一つの切り口」について、今回はお話しします。



監査の「火花」はいつ散っているのか

スターバックス日本法人のCEOをされていた岩田松雄さんが著書で紹介されていた話。

岩田さんが新卒で日産自動車に就職し、車体溶接工場を見学したときのことです。
溶接ロボットのアームの先からパチパチと放たれる火花を見ながら、岩田さんに上司はこう言いました。

この工場で価値を生み出しているのは、あの火花が散っている瞬間だけなんだぞ

岩田松雄「ミッション 元スターバックスCEOが教える働く理由」

何を言いたいのかよく分からず、岩田さんは「はあ」と生返事。
そうすると上司が続けます。

この工程で価値を生んでいるのは、鉄板同士が溶接されてくっつくということだけ。あとは何も関係ない。部品の運搬をどう効率的にやろうが、在庫を抱えている時間が何日あろうが、会議で何を話し合おうが、それは本質的に価値を生み出していないんだ。あの火花が散っている瞬間だけが、価値を生み出している。そういう目で現場を見なさい。

同上

この話は印象に残っていて、かつてのてりたまnoteでも紹介しました。
以後、「監査における『火花が散っている瞬間』って何だろう」とずっと考えています。
仮説としてぼんやりとイメージしているのは、「心証を得た瞬間」ということです。

  • 詳細テストで金額などの一致を確かめた瞬間

  • 分析で異常ないと納得した瞬間

  • 監査計画のうち、「リスクなし」と判断した瞬間

これらの瞬間に得た心証が積み上げられて監査意見を形成することができます。
1か所でも溶接が漏れていたら自動車は出荷できないように、心証が欠けている部分があれば監査意見を表明することはできません。

逆にこれ以外の時間は、少なければ少ないほどよい、と考えられます。


監査スタッフの勤務時間を分解

原価計算で直接工の作業時間を計算するときに、次のような分類を使いますよね?

呼び方にはいろいろあるかもしれません。また、労働基準法の区分とも違うところがあると思いますが、ここではこの区分で進めます。

これを監査人にも当てはめてみましょう。
監査チームの上に行くほど作業のバラエティが増えて複雑になるので、スタッフで考えます。

勤務時間

始業から終業まで。PCを開けている時間とほぼ近いでしょう。
リモート勤務では、勤務時間の境目が分かりづらいかもしれません。

休憩時間

食事の時間、飲み物を取りに行ったり買いに行く時間、タバコを吸いに行く時間、チーム内で雑談している時間、など。
労基法はもっと狭く定義していますが、ここでは一般的な意味で休憩している時間としています。

勤務時間から休憩時間を引くと就業時間です。

手待時間

監査スタッフに手待時間が発生するのは、次のような場合ではないでしょうか。

  • クライアントから資料が出ないので、作業ができず手待ちになる

  • 割当を早く終えてしまい、上司から次の割当を待っている

  • 前工程(ほかのスタッフの作業)の完了を待っている

  • 重いアプリケーションが立ち上がるのを待っている

終業時間から手待時間を引いて、実働時間となります。

間接作業時間

これはいろいろありそうです。

  • タイムシートの入力

  • 経費精算

  • 法人内の報告資料作成(品質管理部門に提出する資料など)

  • アサイン要求や折衝

  • 進捗管理、進捗報告

  • PCのトラブル対応

  • 研修を受ける、後輩を指導するなどの人材育成

  • リクルート

まだまだありそう。
クライアントとの世間話は、コミュニケーションを円滑にする目的であれば「休憩時間」ではなく、「間接作業時間」でしょうね。

実働時間から間接作業時間を差し引いた直接作業時間は、クライアントに「これだけかかりました」と説明できる時間。
さらに加工時間と段取時間に区分できます。

加工時間

ちょっと極端ですが、ここでは「火花が散っている時間」と定義します。
原価計算ではもっと広く定義しますが、生産性向上を考えるためには、絶対に必要な時間だけをピンポイントで取り出す方が、より広い範囲を対象に時間削減を検討することができます。

何千時間、何万時間もある監査時間の中で、おそらく「心証を得た瞬間」を累積してもたいした時間にはならないでしょう。

詳細テストで30件のサンプルについてそれぞれ5つの証憑を検討する場合、150の「心証を得た瞬間」があることになります。
会計上の見積りの手続の場合は、集めた情報を検討するうちにじわじわ心証を得ることになりますので、もう少し長い時間になりますね。

段取時間

上記以外の時間は段取時間。

  • 往査準備

  • クライアントへの質問や資料依頼、入手した回答・書類の確認

  • 子会社監査チームへの監査インストラクションの作成、送付、説明

加工時間を狭く定義したため、調書作成時間の大半も加工時間から外れます。心証は得ているのに、文書化がまだできていない、というときはありますよね?
余談ですが、心証は得たと思っていたのに、文書化してみると不十分だと分ったり、結論が変わったりすることがあるので要注意です。

トヨタはかつて4時間かかっていた金型の段取り替えを3分を目標に短縮し、さらに数十秒まで削減したそうです。
そんなことが監査で実現できないのか。できない理由は思いつきますが、どうにかならないものかと考えています。


何のための分解?

原価計算であれば、原価管理、売価決定、財務報告などが目的です。
目的に合わせて、最適な分解を見極めることになります。

ここで提案したスタッフの監査時間の分解は、生産性向上が目的になります。
「加工時間」に分類されなかった時間は、減らすことができないかを検討する対象になります。

もちろん、段取時間も間接作業時間も、必要な時間です。
さらに休憩時間も、直接・間接作業時間の生産性を向上させるために重要です。
したがって、止めてしまえばよいということではなく、いかに時間をかけずに実を取るかの検討になります。

なお、ここでは監査意見の表明をゴールとして見てきましたが、監査法人としてのゴールはほかにも「クライアントの満足度向上」「適正な利益の獲得」「人材育成」などが考えられます。
目指すゴールが異なれば、「火花が散る瞬間」も異なり、生産性を向上させる対象も違ってきます。


おわりに

前回にもお話ししたように、「これをやれば、生産性が向上するよ!」と具体的に挙げられればよかったのですが、そんなのあったらもうやってますよね?
その代わりとして、手がかりとなるフレームワークを提供し、各現場で考えていただければと思って書きました。

皆さんの監査チームでの検討に役立てていただけると幸いです。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはX/Twitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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