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成長産業としての農林水産業の輸出入 -輸入編-

我が国の農林水産業の貿易の状況を把握するために、前稿では輸出額について情報整理・考察した。本稿では輸入額について情報整理・考察する。農林水産物の輸入額は2021年に10兆円を超え、2022年は約13兆4千億円となった。輸入元は米国、共産中国、豪州、カナダ、タイ、インドネシア、品目はとうもろこし、たばこ、豚肉、牛肉、製材が上位。


はじめに―農林水産業の輸入状況の把握


農林水産物の輸出について取り上げた前稿(「成長産業としての農林水産業の輸出入 -輸出編-」(2023年9月26日)を踏まえつつ、本稿では農林水産物の輸入について取り上げる。
二つの自給率向上が生き残りの鍵(1)-食料とエネルギー-」(2023年2月10日)で記述したように我が国のカロリーベースの食料自給率は2020年度に37%であったが、農林水産省のウエブサイト「日本の食料自給率」によると直近の2022年度は38%であり微増となった。しかし、引き続きかなりの低水準であることには変わりない。
二つの自給率向上が生き残りの鍵(2) -輸入頼りの三大栄養素-」(2023年2月17日)で記述したように、人間が生きていくのに必須の三大栄養素は輸入頼りである。動乱期に入った世界において我が国の自給率向上は喫緊の課題であるが、一夜にして実現できるものでは無い。今回の中華人民共和国(以下、文脈によって「共産中国」)やロシアの食料貿易に関する対応などをキチンとリスクと認識するならば、重要な食料の輸入元を把握し、いざという時の対応を検討しておくことが切に求められる。
なお、前稿と同様に、農林水産省「農林水産物輸出入概況」の「2022年金額上位20か国」「2022年金額上位20品目」を中心に輸入額、国・地域別輸入実績などについて概観する。本稿掲載の輸入額は原則としてCIF価格(Cost-insurance and freight、運賃・保険料込みの価格)である。
統計について論じる部分では、「農林水産物輸出入概況」の表記に基づいて記載することもある。本稿では「米国」「アメリカ」「アメリカ合衆国」等と表現が統一されていないところがあるが、統計に基づいた表現と、文脈の便宜上で略称などを用いている部分とで構成していることを予めご承知おき願いたい。

農林水産物の輸入は2021年に10兆円の大台越え


我が国の農林水産物の輸入額の推移を見ると(図1)、2000年代は7兆円水準から増加基調であったが、リーマン・ショックが起きた2008年の翌年に一旦減少している。その後も増減はあるものの10兆円を超えることは無かったが、2021年に10兆円を超え、2022年には約13兆4千億円となった。ただし、輸入総額に占める農林水産物の割合は、1999年には約2割であったが、2022年は1割強とほぼ半減している。
2022年と1999年を比較すると、農林水産物全体では輸入額が6兆3,589億円増加している。輸入額増加分のうち農業が8割強、水産業が1割5分弱、林業が約5分を占めている。
 
図1:農林水産物の輸入

出所:農林水産省「農林水産物輸出入概況」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

農林水産物の輸入元国・地域

(1)米国、中国、豪州、カナダ、タイ、インドネシアなどが輸入元上位の常連

農林水産物の輸入元国・地域の10年毎の上位20を示したのが図2である。
いずれの年もアメリカ合衆国がトップ、次いで中華人民共和国である。ただし、米国の農林水産物の輸入総額に占める構成比は低下してきている。豪州、カナダ、タイ、インドネシアなどが輸入元上位の常連で、2022年はベトナムが過去に比べると上位に来ている。前稿でも少し触れたように、輸出先としてもベトナムは近年伸びており、農林水産物分野でベトナムとの交易が深まっていることが窺われる。
上位20か国・地域からの輸入額が農林水産物の輸入額全体に占める割合は、2002年は93.8%であったが、2012年は85.7%、2022年は83.8%と低下傾向にある。直近でも上位20か国・地域で8割以上であるが、少しずつ輸入元の分散化が進んでいると考えることもできよう。また、図示はしていないが、上位5か国・地域についても2002年62.4%、2012年52.0%、2022年48.1%と構成比が低下傾向にある。
 
図2:農林水産物の輸入元国・地域上位20

出所:農林水産省「農林水産物輸出入概況」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

(2)米国1位、共産中国2位は不動で相対的な水準も高い

2022年の上位8か国・地域からの輸入額の推移を示したものが図3である。
1位米国、2位共産中国という順番は図示した期間では継続している。ただし、2022年と1999年を比較すると、米国が5,100億円の増加であるのに対し、共産中国は8,784億円の増加と増加額が大きい。しかしながら、2022年時点で米国からの輸入額は2兆5千億円弱、共産中国は約1兆6,500億円であり、金額差は依然大きい。3位の豪州は約8,200億円である。
3位の豪州、4位のカナダは、図示した期間では2000年代半ばには豪州からの輸入額が、2010年代前半にはカナダからの輸入額が上回る時期があるが、おおむね同水準で推移してきた。2022年に5位のタイは、同6位のインドネシアと1999年には同水準であった。その後タイからの輸入額はインドネシアからの輸入額よりも多くなり、2011年には豪州、カナダを抜き、その後は豪州やカナダからの輸入額と同水準の年が多くなっている。
 
図3:農林水産物の輸入元国・地域上位8の輸入額推移

出所:農林水産省「農林水産物輸出入概況」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

農林水産物の輸入品目上位

(1)とうもろこし、たばこ、豚肉、製材が上位常連

農林水産物の輸入品目の10年毎の上位20を示したのが図4である。
2022年の上位5品目のうち、とうもろこし、たばこ、豚肉、製材(製材加工材)は図示したいずれの年も上位5品目に入っている。なお、「農林水産物輸出入概況」では、かつては「製材加工材」とひとまとめで表記していた品目を、その内訳項目である「製材」を別表記するように変更されている。しかしながら、ここでは便宜的に「製材」と「製材加工材」を同品目として記述している。「鶏肉」と別品目になっている「鶏肉調製品」は唐揚げ、焼き鳥、フライドチキンなどである。
牛肉は、2002年は12位、2012年は6位と輸入額順位が上がってきている。輸出額でも牛肉の順位は上がってきていたが、日本人の食生活に占める牛肉の比重がさらに相対的に高まっていると言えそうである。輸出額では「たばこ」のランクが2022年には大幅に下がっているが、輸入額では2022年でも2位である。2002年は3位、2012年は1位。世界的な嫌煙の潮流に反してとまでは言わないにしても、日本では相対的に愛煙家勢力が粘り強いのであろうか。
図示したいずれの年も上位20品目で農林水産物の輸入額全体の5割以上を占めており、上位品目の動向が農林水産物の輸入額全体に影響を及ぼしていることが窺われる。
 
図4:農林水産物の輸入品目上位20

出所:農林水産省「農林水産物輸出入概況」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

(2)とうもろこし、小麦、大豆、菜種の輸入額が、2021年、2022年と増加

2002年、2012年、2022年の農林水産物の輸入額上位5品目、輸出額上位であったアルコール飲料、「二つの自給率向上が生き残りの鍵(2) -輸入頼りの三大栄養素-」(2023年2月17日)で取り上げた注目品目である大豆小麦菜種について輸入額の推移を示したのが図5である。
注目されるのは、2007~2008年に前後の年と比べて輸入額が跳ね上がっているとうもろこし、小麦、大豆、菜種のいずれもが2021年、2022年と輸入額が跳ね上がっていることである。2007~2008年は世界的に食料価格が高騰し、今回のロシアによるウクライナ侵攻と同様に、一部の国に食料危機的な状況が発生した。2007~2008年の食料価格高騰の原因は様々な要因が複合的に絡み合っていると考えられるが、高騰のきっかけは穀物生産国における旱魃や原油価格の上昇が影響していると考えられている。原油価格上昇は、肥料、食料輸送などに影響する。また先進国でのバイオ燃料利用拡大、アジアの中産階級増大による食生活多様化なども食料価格高騰の背景として考えられている。いずれにしても、三大栄養素が輸入頼りとなっている我が国にとっては、とうもろこし、大豆、小麦、菜種の輸入額が増えるのは望ましいことではない。
図示した品目では製材(製材加工材、図5の注3参照)は1999年には輸入額1位であったが、その後は横ばいから減少基調となり、近年は輸入額が増加しているものの2022年は5位となっている。1999年に4位であったえびの輸入額は漸減傾向が続き、近年は輸入額が増加しているものの2022年は16位である。
 
図5:農林水産物の主な輸入品目の輸入額推移

出所:農林水産省「農林水産物輸出入概況」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

主な農林水産物の輸入元国・地域


2022年の農林水産物の輸入額上位5品目及び和食の重要食材である大豆について、輸入元上位5か国・地域を示したのが図6である。
とうもろこしの輸入元は、図示した期間では米国が圧倒的に1位であり、2022年はトウモロコシ輸入額の65%弱を占める。次いで図示した期間では2010年を除いてブラジルが2位であるが、2022年でも2割強である。穀物大国と言われるウクライナはかろうじて輸入元5位であるが、2022年時点では我が国のとうもろこし輸入額の1%にも満たない。図示した期間では、とうもろこしの輸入額の97%以上を上位5か国・地域が占めており、我が国のとうもろこし消費は南北アメリカ大陸次第であることが示されている。なお、とうもろこしは飼料としての消費が大半である。2022年度については、国内消費仕向量のうち飼料用が77.8%を占めている(出所:農林水産省「食料需給表」)。
たばこについては輸入元国・地域の変動が激しい。図示した期間の後半では、イタリア、韓国が上位2であるが、前半には5位以内に入っていない。2010年時点では、オランダ、ドイツ、米国、スイス、ブラジルがたばこの輸入元上位5か国・地域であった。
豚肉の輸入元は、図示した期間では米国1位、カナダ2位という状況が継続している。近年ではスペイン、メキシコからの輸入が増えている。
牛肉の輸入元として米国、豪州が多いのはイメージ通りである。図示した期間の前半では豪州の方が多かったが、2021年、2022年は米国からの輸入額の方が大きくなっている。米国は牛肉の輸出先でも上位であり、米国と牛食は切っても切れない関係と言えようか。
製材については、森林のイメージが強いカナダ、北欧2か国のスウェーデン、フィンランド、タイガ(シベリア地方の針葉樹林)のロシアが輸入元の上位となっている。
大豆の輸入元は、図示した期間では米国が圧倒的に1位であり、2022年には大豆輸入額の7割強を占める。2位のブラジルは17%弱である(2022年)。図示した期間で上位5か国・地域が占める割合が一番低い2013年で98.9%、近年は上位5か国で100%であり、大豆輸入はとうもろこし以上にほぼ南北アメリカ大陸次第である。
 
図6:2022年の農林水産物の輸入額上位5品目及び大豆の輸入元国・地域の推移

出所:農林水産省「農林水産物輸出入概況」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

まとめ


本稿では日本の農林水産物の輸入について概観してきた。
近年、共産中国からの農林水産物の輸入額が増えてきているが、米国からの輸入が圧倒的に多い状況が続いている。個別品目の輸入額上位を見ると、共産中国の存在感は薄く、米国の存在感が大きい。本稿の「主な農林水産物の輸入元国・地域」で取り上げた品目では、とうもろこし、豚肉、牛肉、大豆で図示した期間においてトップとなっている。
一方、2022年における上位20品目のうち本稿で取り上げなかった品目について、共産中国が上位5か国・地域に入っているのは、鶏肉調製品(2位)、冷凍野菜(1位)、菜種(3位)、かつお・まぐろ類(2位)、合板(3位)である。輸送距離が短い方が優位である品目が多いと考えられる。
前稿と合わせて考えると、我が国の農林水産物の輸出入は、米国、共産中国の占める比率がとても大きい。他の国は、輸出では、台湾、ベトナム、韓国などのアジア近隣諸国、輸入ではオーストラリア、カナダ、タイ、インドネシアなどの環太平洋諸国が重要な取引先となっている。
食料安全保障の観点からすれば、輸入元の多様化が望ましい。さらに自給率向上によって、輸入額を減少させることが望まれる。輸入品を国内産で代替し、輸出を伸張することにより、農林水産業の成長産業としての可能性が広がる。


図1の注
「輸入総額に占める割合」は「農林水産物計」が輸入総額に占める割合。

図2の注
注1:構成比は、農林水産物輸入額全体に対する比率。
注2:国・地域名表記は出所の記述に従っているため、「アメリカ」「アメリカ合衆国」などが混在している。
注3:2002年時点では、EUを1つの地域として扱いその内訳として輸入額の多い主な国が掲載されていた。その後、EUは参考掲載となり、EU構成国の個別国で上位20を掲載するように変更になった。
注4:四捨五入の関係で計算が一致しない部分がある。

図3の注
国・地域名表記は出所の記述に従っている。

図4の注
注1:構成比は、農林水産物輸入額全体に対する比率。
注2:品目表記は出所の記述に従っている。

図5の注
注1:品目表記は出所の記述に従っている。
注2:図示していない年は上位20品目としての数値を入手できなかった年。
注3:「製材」は、2010年以前は「製材加工材」。「製材」「製材加工材」の両方の数値を入手できる2011~14年の数値では、「製材」は「製材加工材」の約9割の水準。

図6の注
注1:上位5か国・地域が占める割合は、該当品目の輸入額全体に対する割合。上位5か国・地域が図示されていない場合は、図示している国・地域が占める割合。
注2:品目表記、国・地域名表記は出所の記述に従っている。
注3:図示していない年は上位5か国・地域としての数値を入手できなかった年。


20231005 執筆 主席研究員 中里幸聖


前回レポート:
成長産業としての農林水産業の輸出入 -輸出編-」(2023年9月26日)

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