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「新しい資本主義」は中間層の再建が鍵 -データupdate-

厚生労働省「所得再分配調査」の最新調査結果が公表されたので、「『新しい資本主義』は中間層の再建が鍵-分析編-」に掲載した該当図をupdateした。最新調査結果である2020年の数値を見る限り、前述のレポートで解説した傾向は変わっておらず、むしろ当初所得格差は拡大傾向にあるように思われる。中間層の再建は引き続き重要な課題である。


「所得再分配調査」の最新調査結果公表


8月22日に厚生労働省「所得再分配調査」の最新調査結果である令和3年版(調査対象年は2020年)が公表された。2023年7月5日に「『新しい資本主義』は中間層の再建が鍵-分析編-」(以下、「分析編レポート」)として「所得再分配調査」に基づく図表を掲載したが、その時点では最新データは2016年とやや古かった。本稿では最新データを追加した図表を掲載し、若干の解説を行う。主張については、前述の「分析編レポート」及び「『新しい資本主義』は中間層の再建が鍵-提案編-」(2023年7月13日)をご参照頂きたい。
また、厚生労働省「所得再分配調査」の概要については前掲「分析編レポート」を、ジニ係数などの用語については「分析編レポート」の「用語等の解説」をご参照願いたい。

所得格差拡大に関する分析 -データupdate-

(1)当初所得の格差の拡大基調に変化は見られず

当初所得のジニ係数は(図1)、前回調査の2016年はその前の調査の2013年よりも若干下がったが、2020年は2016年よりも上昇しており、1980年を底にした所得格差の拡大基調が継続していることが確認できる。当初所得ベースでは所得格差の拡大が年々大きくなっており、特に1990年代半ば以降は格差が拡大している傾向が続いているのである。
再分配所得のジニ係数を見てみると、2004年をピークにやや低下傾向にあったが、2020年は2016年より上昇している。
単身世帯の増加などの影響を考慮し、世帯員単位でのジニ係数を計測した「等価所得」(注)についても、新しい数値も含めて数値の推移の傾向は「分析編レポート」の時と同様にほぼ同じである(等価再分配所得については1998年がピークと元々の再分配所得のジニ係数よりはピークが早い)。当初所得のジニ係数拡大は、単身世帯増加などの小規模世帯の増加の影響があるが、当初所得の所得格差が拡大基調であることは変わらないと言える。

(注)「等価所得」についてもう少し詳細に知りたい方は、「分析編レポート」の「用語等の解説」を参照。

図1:ジニ係数の推移

出所:厚生労働省「所得再分配調査」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

(2)再分配は税よりも社会保障がメインであることは変わらないが…

再分配によるジニ係数の改善度は、1977年を底に上昇基調である(図2)が、2013年をピークにやや低下傾向にある。その内訳は、税による改善度はそれほど大きくはなく、社会保障による改善度が大半を占めることは最新調査結果の2020年も変わらない。ただし、税による改善度が2013年、2016年よりもやや縮小している。

図2:再分配によるジニ係数の改善度

出所:厚生労働省「所得再分配調査」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

(3)現役シニア層と中堅層の所得格差が拡大傾向

等価所得による年齢階級別の当初所得のジニ係数の年次推移を見ると(図3)、75歳以上は当初所得格差拡大基調であったが2020年は縮小に転じ、65~69歳は当初所得格差縮小基調が続いている。
現役世代のみの図4右図を見てみると、55~59歳の当初所得格差が大きく、かつやや拡大傾向にあり、2020年はさらに所得格差が拡大しているようである。一方、45~49歳は2013年をピークに縮小傾向に転じ、2020年は35~39歳のジニ係数の方が45~49歳を上回っている。図示していないが、30~34歳のジニ係数も35~39歳と同様の推移で、2020年には45~49歳のジニ係数を上回っている。
2020年はコロナ禍の最初の時期であり、現役世代の中堅層に皺寄せが生じたのであろうか。詳細に分析してみないとわからないが、30代は子供が幼稚園生や小学生などである人が他の年齢層よりも多いと思われ、コロナ禍における学校休業などの影響が出たと推測される。

図3:世帯員の年齢階級別当初所得のジニ係数(等価所得)
左図:全世代(各代後半)、右図:60歳未満各代後半

出所:厚生労働省「所得再分配調査」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

(4)金持ちはより金持ちに、貧乏はより貧乏にの傾向がより強まった

所得の十分位階級(注)について当初所得を図示した図4の上図を見ると、いわば最も金持ちである第10・十分位の世帯の所得構成比は1980年を底に増加基調であり、2020年にはさらに増加しているのが分かる。一方、世帯数の観点では真ん中である第5・十分位も1980年、第6・十分位は1995年以降減少基調にあり、2020年もその基調は続いている。

(注)「十分位階級」等についてもう少し知りたい方は、「分析編レポート」の「用語等の解説」を参照。

さらに当初所得の累積構成比を図示した図4の下図を見ると、所得の集中度が進んでいることをよりイメージしやすい。
所得水準の低い方から8割までの世帯の所得の構成比である第8・十分位の当初所得の累積構成比は、1980年の58.4%をピークに減少基調となり、2020年は前回調査の2016年の44.4%よりさらに下がって42.7%となっている。2020年において、我が国では2割の世帯が約57%の所得を得ていたことになる。少なくとも2020年時点では、いわゆる「中間層の疲弊」「中間層の崩壊」などの表現がデータ的にも引き続き支持されたと言える。俗な表現をすれば、金持ちはより金持ちに、貧乏はより貧乏にとの傾向がさらに強まった。

図4:当初所得の十分位階級別所得構成比
上図:構成比、下図:累積構成比

出所:厚生労働省「所得再分配調査」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

まとめ


厚生労働省「所得再分配調査」の最新調査結果が公表されたので、本稿では関連図をupdateし、若干の解説を行った。
7月に書いた「分析編レポート」は2016年が最新値であったが、2020年の値を加えても、大きな傾向には変化がないことが分かった。ただし、コロナ禍の影響が含まれている可能性があるが、その影響を除去することは困難であり、また除去することに意味があるとも思えない。
いずれにしても、改めて中間層の再建は引き続き「新しい資本主義」の鍵である。「『新しい資本主義』は中間層の再建が鍵-提案編-」(2023年7月13日)で述べたことは解決策の全てではないと思うが、関係各位にはぜひ中間層再建のために実効性ある策を実現して欲しい。


図1の注
注1:当初所得は、雇用者所得、事業所得、農耕・畜産所得、財産所得、家内労働所得及び雑収入並びに私的給付(仕送り、企業年金、生命保険金等の合計額)の合計額。
注2:等価所得は、世帯の所得を世帯人員の平方根で割って調整したもの。

図2の注
注1:2005年にジニ係数の改善度の分析方法の見直しが行われている(見直し内容は「分析編レポート」の「用語等の解説」参照)。そのため、1989年以前と1992年以降では、税と社会保障の改善度の数値の連続性はない。再分配による改善度は連続性が維持されている。
注2:1971年の改善度については、1981年版調査のジニ係数の値を基に筆者が再計算している。本図の1977年の棒グラフと折れ線グラフの関係が歪であるが、1981年版調査の数値を再確認した上で、そのまま図示している。1961年の内訳データは入手できず。

図3の注
注1:見やすいように年齢階級の各世代の後半のみ図示している。
注2:等価所得は、世帯の所得を世帯人員の平方根で割って調整したもの。

図4の注
注1:見やすいように十分位階級を抜粋して図示している。
注2:十分位階級については、「用語等の解説」を参照。
注3:等価所得ではなく世帯単位の数値。


20230828 執筆 主席研究員 中里幸聖


前回レポート:
祭りは元気を伝播する」(2023年8月18日)


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