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二つの自給率向上が生き残りの鍵(2) -輸入頼りの三大栄養素-

不安定性が増す国際情勢の下、国民の暮らしを守るために食料、エネルギーの自給率向上は優先課題である。食料自給率の足元の状況は、一部産品を除き壊滅的と言っても良い。人が生きる基礎となる三大栄養素に関連する食材は輸入頼りである。「身土不二」(※)や「地産地消」、脱化石燃料の観点からも自給率向上が望ましい。

(※)「身土不二」については、本文後半を参照。

必要な食料を量的に確保できるか


前回(「二つの自給率向上が生き残りの鍵(1)-食料とエネルギー-」2023年2月10日)書いたように、日々の暮らしに欠かせない食料とエネルギーの我が国の自給率はかなり低い。我が国が関係する有事、天候不順や物流混乱などによる国際的な供給不足、などが生じれば日々の生活に困難を来たす可能性がある。
本稿では食料に焦点を当てて、品目別自給率の現状と自給率向上が望まれる理由について記す。次回は農業分野の自給率向上の可能性について記す予定である。さらにその後、エネルギー分野に話を進める予定である(前回末尾に3回で完結のように記したが、予定変更)。
2020年の我が国の食料自給率はカロリーベースで37%、生産額ベースでは67%。カロリーベースの食料自給率は1961年には80%弱の水準だったが、ほぼ一貫して低下基調で今日に至る(前述のレポート掲載の図1参照)。

◆カロリーベースの食料自給率=国産供給熱量/総供給熱量×100
◆生産額ベースの食料自給率=食料の国内生産額/食料の国内消費仕向額×100

上記の式から分かるように、生産額ベースの自給率の分子は国産の食料のみ、分母は国産と海外産の食料が入っている。同一食材の場合、我が国では海外産よりも国産の方が高い傾向があるので、生産額ベースの食料自給率が高い=物理的に食料自給率が高い、ということにはならない。そのように考えると、「食料輸入が滞った時、生きるために必要な物量を確保できるか?」という点を捉えるには、生産額ベース食料自給率よりはカロリーベースの食料自給率で考えた方が良いと思われる。

コメは表面的には足りているが…


食料全体で考えた場合は国産の品目構成比と輸入の品目構成比が異なるので、重量ベースでの自給率算出は困難である。一方、品目別には重量ベースでの自給率が計算できる。

◆品目別自給率=国内生産量/国内消費仕向量×100(重量ベース)。

1960年以降の重量ベースでの品目別自給率をみると、記録的な冷夏によって「平成の米騒動」とも言われた1993年の不作の年を除き、コメはほぼ一貫して100%近い自給率となっている。しかしながら、1週間の食生活を振り返ると、炭水化物はパン、パスタ、ラーメン、蕎麦、うどん等をメインとする回数が多く、米飯の回数は少ないという人も多いのではないだろうか。2020年度において、穀類の純食料(食用向けの国内消費量のうち人間の消費に直接利用可能な形態に換算した量)のうち(菓子、穀粉を含まない)主食用のコメの比率は58.5%であるのに対し、小麦は37.8%である。日本ではイモ類をメインの食事とすることは多くなさそうだが、おかずやおやつなどでは食べる比率が多いと思う。別の見方をすると、コメの自給率が100%近いのは、人々の食生活においてコメの消費比率が減って、小麦原料の食品などの比率が多くなっているからとも言えるのではないか。
一方、パン、パスタ、ラーメン、うどん、饅頭の皮などの原料の小麦の自給率は、1960年時に40%程度で1970年代には10%を割り込んだ。その後若干上昇したものの直近2020年で15%であり、ほぼ輸入に頼っている状況だ。うどん、饅頭などの日本の伝統食の原料も輸入に依存していると言えよう。なお、イモ類の自給率は1980年代頃から低下基調となり、近年は70%台の水準である。糖質やビタミンなどが含まれる果実については、近年の自給率は40%前後。ビタミンやミネラル、繊維質などを摂取できる野菜の自給率は1980年代頃から低下基調となり、近年では80%前後である。

図1:炭水化物などの主な品目別自給率の推移(%、年度)

出所:農林水産省「食料需給表」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

タンパク質は輸入頼り


食用の魚介類の自給率はかつて100%以上であったが近年では60%程度。なお、図には掲載していないが魚介類は食用とは別に飼肥料用の用途もある。
肉類の自給率は近年では50%程度であるが、牛や豚などの育成時の飼料の自給率も考慮すると(図内の「肉類(飼料考慮)」)10%を割っている。つまり国産肉類とされている肉類の多くは輸入飼料頼りとなっている。
鶏卵はほぼ100%近い水準を維持しているが、飼料の自給率を考慮すると、1970年代半ば頃から10%前後の水準となっている。肉類同様に輸入飼料だよりと言える。牛乳及び乳製品も肉類や鶏卵と同様に、飼料自給率を考慮すると自給率が低い。
大豆は醤油、味噌、納豆、豆腐、油揚げ、煮豆、枝豆、きな粉、等々の食品の原料であり、世界に誇る和食文化に欠かせない。しかし、自給率は1960年時点でも30%を割っており、1970~80年代には5%を割る水準まで低迷し、直近2020年でもわずか6%である。大豆は「畑の肉」とも呼ばれ、大量の肉入手が望み難かった日本列島に暮らす日本人の貴重なたんぱく源として重宝されてきた。しかし、戦前には昭和初期頃からの旧満州地域からの輸入増加、戦後は1950年代半ば以降の輸入自由化により作付面積が減少してしまった。

図2:タンパク質食材などの主な品目別自給率の推移(%、年度)

出所:農林水産省「食料需給表」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

なお、農林水産省のウエブサイトにある「大豆のまめ知識」というページによると「平成29年の大豆の自給率は7%です。ただし、サラダ油などの原料となる油糧用を除いて食品用に限りますと、自給率は25%となります。」(2023年2月17日閲覧)とのことである。大豆の自給率が10%にも満たない割には、スーパーなどで国産大豆を原料とする豆腐や納豆をそれなりに見かけるのは、こうした事情によると思われる。

脂質も輸入頼り


油やバターなどの油脂類の自給率は1960年代の40%台から近年では10%台に低迷している。その内訳をみると、動物油脂(魚・鯨油、牛脂など)の自給率は近年では100%前後となっているが、植物油脂(菜種油、大豆油など)は数%である。2020年度において動物油脂は油脂類全体の国内消費仕向量の10.7%に過ぎず、そもそも需要が相対的に少ないことが動物油脂の高い自給率として表れていると言える。
脂質は油脂類の他、脂肪分の多い肉や脂ののった魚などから摂取される。前述のように、食用の魚介類、飼料の自給率を考慮した肉類は輸入頼りであり、油脂類と合わせて、脂質も輸入頼りということになろう。

図3:脂質食材などの主な品目別自給率の推移(%、年度)

出所:農林水産省「食料需給表」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

結局、三大栄養素は輸入頼り


人間の体を作りエネルギー源となるのは、糖質(炭水化物に含まれる)、タンパク質、脂質の三大栄養素である。日本人の食の核ともいえるコメについては自給率100%近い水準を維持しているが、自給率が低い他の炭水化物食品によって補完されている側面がある。そう考えると、現在の我が国は、人間が生きる基礎となる三大栄養素のほとんどを輸入に依存しているわけであり、何らかの原因で輸入が物理的に途絶えるような事態になれば、日々の食料に事欠く事態が生じる。
8世紀初頭に成立したとされる記紀において「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国」(古事記)、「豊葦原千五百秋瑞穂国」(日本書紀)と美称された我が国は、みずみずしい稲穂を意味する瑞穂の実る国と自己認識してきた伝統を持つ。近代以前は豊かな農業国であったのだが、統計的に見る限りもはやその影もないと言わざるを得ないのではないか。

身土不二の観点からも


食料の自給率向上は、「身土不二」、「地産地消」、脱化石燃料の観点からも望ましい。
「身土不二」とは、身体(身)と環境(土)は一体である(不二)との発想に基づくもので、住んでいる土地で各季節にとれたものを中心に食べるのが健康に一番良いという考えである。地球の裏側で採れた食材が食卓に並ぶ我が国の現状は「身土不二」からは程遠い。「医食同源」(食べるものと薬になるものの源は同じ)などの立場からは、このようなことが日本人の健康を損ねているという見解もある。
「地産地消」については今ではご存知の方が多いと思うが、地元で生産されたものを地元で消費することで、1980年代頃から農業関係者を中心に広まったとされている。農林水産省「地産地消の推進について(令和5年1月)」には、取組の効果例として、「『生産者』と『消費者』の結びつきの強化」「地域の活性化」「流通コストの削減等」の項目が挙げられている。
脱炭素社会を目指し化石燃料への投資を撤収する「ダイベストメント」(divestment)という潮流と食料の自給率向上は整合的である。帆船で運んでいた時代は別にして、現代では食料輸入は化石燃料で駆動する船舶が主体である。港についてから加工場に運んだり、販売網に乗せるにも自動車などが化石燃料を消費する。食料の自給率向上は、食料運搬に関係する化石燃料消費の削減につながるであろう。
上記とは別にフードロスの問題も重要だ。暮らしに必要な水準を基に考えると食料輸入量が過剰である可能性もある。不要な食料輸入量を精査し、不要分の輸入量を減らす事によって自給率向上を図るということも検討に値しよう。ついでながら、過食気味の現代日本人の食習慣も、本来は不要な食料輸入を増加させているかもしれない。個々人が少しだけでも粗食方向に舵を切れば、成人病リスクが減少し、食料自給率も向上するという一挙両得になるまいか。

ここまで書いてきたことを踏まえ、次回は食料の自給率向上、とりわけ農業生産の可能性について書く予定である。なお、漁業については排他的経済水域の問題や漁業資源の問題など国際政治・外交・軍事と関係が深く、国内の自給率向上策だけでは話が収拾しないので、本シリーズでは触れない予定である。


図1の注
注1:品目別自給率=国内生産量/国内消費仕向量×100(重量ベース)。
注2:コメについては、1998年度から国内生産量に国産米在庫取崩し量を加えた数量を用いて算出。

図2の注
注1:品目別自給率=国内生産量/国内消費仕向量×100(重量ベース)。
注2:肉類、鶏卵、牛乳及び乳製品については、飼料自給率を考慮していない値と考慮した値を掲載。

図3の注
注1:品目別自給率=国内生産量/国内消費仕向量×100(重量ベース)。
注2:大豆、肉類(飼料考慮)、魚介類(食用)は再掲載。


20230217 執筆 主席アナリスト 中里幸聖

前回レポート:
二つの自給率向上が生き残りの鍵(1)-食料とエネルギー-」(2023年2月10日)


「二つの自給率向上が生き残りの鍵」シリーズ:
二つの自給率向上が生き残りの鍵(1)-食料とエネルギー-
二つの自給率向上が生き残りの鍵(2)-輸入頼りの三大栄養素-
二つの自給率向上が生き残りの鍵(3)-農業の企業組織化・大規模化-
二つの自給率向上が生き残りの鍵(4)-分散型エネルギーの推進-



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