REI リードテキスト

4JF 新作 “REI (prototype)”

あけましておめでとうございます。

今年もお呼びいただきありがとうございます。

こうして毎年みなさまとお会いできて嬉しい限りです。

本年も何卒よろしくお願い致します。

もう自分でも何度目かわからない4JF。

今年もお話をいただいたときに最初に浮かんだイメージは「祈り」でした

大学生のときにはじめて四国に呼んでいただき、今まで。

その間に本当にいろんなことがありましたが、ジャグリングという意味で言えば

毎年新作を受け入れてくださる四国の皆様に育てていただいたと思っております。

その気持ちが、そのイメージにつながったのだと思います

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祈りというのは非常に面白い行為だと思います。

面白い、という表現が正しいかわからないのですが、どう感じているのかを様々な人に聞いてみました。

「人間特有の行為だから」「辛さから脱却を想像することだから」様々な答えが返ってきましたが、

僕が最も面白いと思ったのは「因果と全く関わりのないところにゲーム性が発生する」というところでした。

受験の合否に、100回参拝したかどうかなんて関係ありません。

大切な人の健康のために、自分が冷水を浴びるという行為は何も寄与しません。

なのに、それを行っているときの人間は、「この行為の成否が、自分の願いの成就につながる」と、信じてやまないのです。

合格したければ勉強すればいいし、健康を願うのであれば、いい医者を探したほうがいい。

でも、どれだけ勉強しても失敗することもあるし、いい医者にかかっても病気になってしまうこともあります。

因果は因果だけではないのです。原因と結果を結ぶ、いわば「縁」というみえない力があるようです。

最大限、結果を想像し、原因となる努力をしてきた。あとはもう縁が結ばれるのを期待するだけ。

そのときにただ待つだけでなく、何としてでも成就させたいという気持ちから自然と発生してしまう

「みえない力を呼び出すためのゲーム」が祈りなのだと思います。

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みえない力を

信じずにはいられなかったことはありますか

岡本晃樹

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