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不自由な時代と自由な時代、夜の街で働く母親たちの生き方【ドキュメント72時間】

NHKドキュメント72時間を観て感じたこと、調べて事を書くシリーズ。今回は2019年4月10日に再放送された(最初の放送は、2016年11月18日)「福岡・中洲 真夜中の保育園」。

いま福岡中州で働く女性たちは

今回の放送で登場する人々の多くは、九州一の歓楽街福岡中州の夜の飲食店に勤める女性たち。この保育園は、深夜2時まで子どもを預かってくれる。夕方子どもをここに預けて夜中に迎えに来るという人も多い。

今この回が再放送された意味は想像に難くない。今、自粛を求められている夜の飲食店で働く女性たちが主役の回だからだ。しかも舞台となる福岡は緊急事態宣言の対象地域でもある。ここに登場した女性たちが、この自粛が求められる中でどのように生活をしているのかを想像してほしかったのだろう。実際に、番組の最後には「あれから3年」として、放送に登場した女性たちの今の姿を追ったスペシャルエディションが放送され、閑散とした店内で店に立つ小料理屋の女将さんが映し出された。

夜の街で働くその生き方に胸を張れなかった時代

さて、話を戻すが、今回のテーマである「夜の町で働く母親(多くの場合はシングルマザー)」をモチーフとした物語は昔からあった。社会的な弱者のアイコンとして使われ、資本主義社会の闇のような扱われ方だ。

私の好きなマンガである「人間交差点」でも、このような母親がモチーフとなった物語はいくつもある。人間交差点は、矢島正雄原作・弘兼憲史作画で、1980~1990年にビッグコミックオリジナルに連載された1話完結型のマンガだ。1980年代はじめは、貿易黒字からバブル経済へと日本が突き進む、ザ・資本主義社会のような時代。そのようなある種華やかな時代に、生き方に迷い、幸せとは何かを問う人々を描いたのである。

私が今ぱっと思い出した話の1つは、夜の街で働く母親と、その事が原因で学校でいじめにあっている男の子の物語。男の子は、あるおじいさんと出会い、母親の生き方を恥じているお前ははずかしいやつだというような事を言われ、自分の母親の生き方を見直す。そして、いじめっ子たちに自分の母親を「うちのお母さん美人だろ」と紹介するというストーリーだった。

ザ・人間交差点というストーリである。自分や自分の親の生き方に胸をはれない主人公が、迷いながらも、人との出会いを通じて、自分の生き方をなんとか肯定して前を向くというものだ。そこにはしばしばこの話でも登場した戦前生まれの老人が出てくるのである。

「自由」という「偶然」で行き着いた生き方

話は長くなったが、一昔前の夜の街で働く母親の姿とはこのように描かれていたのである。しかし、今回の放送で登場した母親たちはまた違った空気感をまとっているように感じた。

例えば、「私は好きだったけど、相手にとったら何人かの中の1人だった」と話すバーで働いている母子家庭の女性。「妻に彼氏がいて、だったら別れようかって」と話す美容室に勤める父子家庭の男性。

さらりと「1人で子ども育てることにしました」と言う親が多い。そこには、悲壮感というよりは「そういう生き方選びました」というなんだか潔さみたいなものがある。いやまぁもちろん番組なので一面しか見えないわけだが。

でも自身の肌感覚としても、このさっぱりした感じはなんとなくわかる気がする。私にも子どもが2人いるが、1人で子育てとか「まじかと…この環境で子育てするとか狂気の沙汰だな」と思う一方で、自分も消して楽な方法を選んでいるわけではない。わざわざ、私の親も、妻の親も近くにいないところに住み、しかも超豪雪地帯で、ぼろい家に住み…まじかあいつ…って思われていても不思議ではない。ってかほぼ間違いなく思われている。

住む場所も、もちろん仕事も、働き方も自由に選ぶ時代である。親が片親であったとしても、まぁよくある出来事なわけである。

実際に母子・父子世帯数の推移がそのことを物語っている。1990年の人間交差点の連載終盤は約65万世帯(児童のいる世帯は約1600万→24世帯に1世帯)、2015年では84万世帯(同じく約1200万世帯→14世帯に1世帯)となっている。昔から多くはいるが、なんだかんだで1.3倍ではある。その理由は、昔は離婚と死別が6:4くらいでしたが、今は8:2と圧倒的に離婚が多くなっている。

もう一つデータを示すと、共働きの世帯数だ。夫婦共働きの実数は、1980年に614万世帯から、2018年には1219万世帯とほぼ倍増である。

私が子どものときは、共働きが今ほど一般的でない時代だっという感覚がある。私の母は働きながら私を育てた。友達から「子どもがかわいそうだ」と言われたこともあったということを後に聞いたことがある。今、働いていてそんなこと言われる母親はいないだろう。

今回登場した女性たちは、このような時代の変化の中で、たまたま1人で子どもを育てることになった、たまたま夜の飲食店で働くことになっただけのことである。先ほど、「自由に選ぶ時代」と書いたが、100%自分の選択だけで人生歩んできました!なんて人もいないだろう。「色々な偶然が重なって今の自分がいる」という風に考えたほうがよほど現実感がある。

みんなたまたまそうなった境遇で、立派に子どもを育てているのだ。だから、たまたまその境遇の人にら大変だなとか、本当に余計なお世話である。

不自由な時代に「様々なつらい境遇でその生き方に胸を張れなかった時代の夜の街で働く母親」と、自由な時代に「自由という偶然の結果夜の街で働く母親」そんな時代の変化を感じた放送であった。

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