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組紐クラッチバッグ、組紐iPadケース

1,000本の繊細な絹糸フリンジを魅せる大胆な発想

一般的には着物の帯締めとして使われる組紐(くみひも)が、ビビッドできらびやかなクラッチバッグとiPadケースに大変身しました。

千葉県松戸市内で120年続く江戸組紐の老舗「江戸組紐 中村正」の4代目で、組紐職人の中村航太さんが世に送り出した新製品です。

この作品を考案した背景は、中村さんが挑戦したトヨタ自動車の高級車ブランド「レクサス」が全国各地の若き匠のものづくりを支援するプロジェクト「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT(レクサス・ニュー・タクミ・プロジェクト=以下、レクサス匠プロジェクト)がきっかけでした。

中村さんはこのレクサス匠プロジェクトに、全国総勢51名の一人に選ばれました。レクサス匠プロジェクトの目的は、若手の職人・工芸家・デザイナーの才能を発掘し、ゆくゆくは世界レベルで戦えるようなプロダクトの開発を後押しする取り組みです。

2年目となった2017年度には、プロデューサーの小山薫堂さんがスーパーバイザーを務め、メンターにはルイ・ヴィトンなどラグジュアリーブランドからインテリアなども手掛ける世界的デザイナーのグエナエル・ニコラさん、ファッション・ジャーナリストの生駒芳子さんら著名なアーティストらが複数参加。匠たちの工房に足を運び、直接アドバイスされました。

おしゃれに折りたためるバッグを

本業である組紐づくりの制作をしながらの新商品開発は、多忙を極めました。

「こういう機会がなかったら、新しい作品を作ろうとしなかったかもしれません。普段からアイデアがあったわけではなかったので、プロダクトの最終形を決めるまでの試行錯誤に時間がかかりました」と中村さん。

最初は風呂敷バッグのような発想で、おしゃれに折りたためる作品を考えていました。

複数の組紐を並べて縫い合わせ、何気なく美しくたためるバッグを開発するには、ある程度の「薄さ」が求められます。一方で、綺麗に折りたためる薄いプロダクトからは高級感が失われてしまうデメリットも。

伝統工芸である「組紐」の格式と品位を活かした作品に仕上げるため、アイデアをひねり出す日々が続きました。

世界に勝てる独自性を出すために

そこで中村さんが挑んだのが、組紐クラッチバッグの原型となるクラッチバッグ型の作品です。出来上がった作品には厚みがあり、気品を感じる正統派のクラッチバッグでした。

「こういうクラッチバッグは世界中にあふれている。その中で勝負するのは難しいのではないか」

中間報告となるプレ・プレゼンで、作品づくりの方向性についてメンターからアドバイスをされたのです。
世界の名だたる高級ブランドが、趣向を凝らしたさまざまな正統派クラッチバッグを世に出している中で、最もな指摘ではありました。

中村さんはプレ・プレゼンで、もう一つの試作品を持ち込みました。
組紐の房(ふさ)となるフリンジ部分を大胆に見せるクラッチバッグです。

正統派クラッチバッグを制作した際、フリンジをどう処理するか?に悩んでいました。そのことをメンターの生駒芳子さんに相談すると、「(フリンジを)出したらいいじゃない」とアドバイスされたのです。

スーパーバイザーの小山薫堂さんからも、「ノートPCが入れるくらい、もっと大きいものだったら面白いのではないか」と意見をもらい、目指すべき最終的なプロダクトの形が固まりました。

組紐らしさを演出するには

2017年6月のキックオフセッションから5か月が経過していました。最終発表会まで残り約1か月しかありません。

中村さんの新たな試行錯誤が始まりました。「コレだというデザインが定まらない」

組紐は実に多彩なバリエーションのデザインが魅力です。そうした数多の柄パターンとともに、色のパターンも数に限りがないほどです。

柄のパターンづくりだけでも、原稿用紙30〜40枚は描いたそうです。

年末年始の催事も重なり、新商品開発にかけられる時間は深夜から明け方しかない日が続きました。

さまざまなパターンを考える中で、美しいぼかしの入ったデザインの発想は、作り手としても魅了されるものがありました。
しかし、糸染めと組みの工程を考えると少なくとも2か月を要すため、最終発表会に間に合いません。

ぼかしを入れるアイデアを断念したものの、次のアイデアに苦戦します。「考えても考えても埒(らち)があかなかった」と中村さん。

たどり着いたのは、原点の魅力である”組紐らしさ”でした。

「柄のパターンでチカチカさせず、絹糸のシンプルな美しさを引き出したい」

その想いを形にし、出来上がった完成品がこちらの作品です。

ビビッドな配色と大胆なフリンジが特徴的な組紐クラッチバッグ。手に抱えて持ち歩くと、フリンジがゆらゆらと動き、人目を引きます。

手触りも良く、 1,000本の絹糸が指の間をさらりと通り抜けます。

組紐クラッチバッグは、衣料品や雑貨を販売するセレクトショップ「ビームス新宿」にて2018年、1週間展示されました。期間中に訪れたお客様の大きな関心と注目を浴びました。

組紐の歴史は古く、多様に活用

「今後は更なる改良を重ねながら、商品化ができればいいと思います」と謙虚に話す中村さんですが、組紐業界の新たなマーケット開拓に期待したいところです。

組紐は大きく分けて3つ、京組紐、江戸組紐、伊賀組紐があります。歴史を遡れば奈良・平安時代から作られていました。

仏具や神具のほか、鎧や刀などの武具、茶碗などを入れる仕覆(しふく)といったお茶道具があります。公家や武家などの特権階級だけではなく、江戸時代には庶民文化として実用的な物にも広く用いられるようになりました。次第に発展し、華美で精巧な印籠(いんろう)や煙草入れなども作られるようになり、組紐は粋な江戸文化を象徴する一つとなったのです。

組紐業界に関わらず、伝統工芸産業では後継者不足が深刻です。

世界でメイド・イン・ジャパンといえば、多くの消費者が手にすることができる単一的な大量生産・大量製品が主でした。しかし、全国的な人口減少と働き手不足の中で、いかに生産性を上げながら世界に比類ないオリジナル商品を生み出すかが、これからのものづくりの焦点になるのではないかと思います。

今回のレクサス匠プロジェクトで編み出された中村さんの「匠の技によるこだわりの逸品」が、高付加価値のニュー・ジャパン・ブランド製品として、世界へアピールしていく日を心待ちにしたいところです。


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