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性別適合手術は自殺を予防するか

海外では子どもにまで性別適合手術を受けさせていたり、その手術に親の同意も不要とされていたり、むしろ性別移行に反対する親が収監されたりしています。

果たして、親の反対を押し切って未成年にするほどのメリットがある治療なのでしょうか。文献的に考察しました。

「何を言っているんだ。性別違和で悩んでいる思春期の子が自殺するかも知れない、そんな命に関わる治療のメリットとかデメリットとかを云々していいと思っているのか」という意見もあるでしょう。

結論から言います。

性別適合手術が自殺を予防するという確たる証拠はありません。
今のところ、命を救う治療とは言えません。

近年、薬を飲んだり手術をしたりという医学的な治療が本当に命を救うのかということが重要視されるようになってきました。

例えば高血圧や高脂血症の薬で血圧や血液検査値が下がるのはともかく、本当にそれで命に関わる脳卒中や心疾患、死亡率を減らせるのかということが大規模臨床試験で検討されるようになり、それらの結果に基づいてガイドラインが策定、改訂されるようになっています。

ですので、「効果があるに違いない」「そんなものは自明だ」という思い込みを排し、科学的根拠(エビデンス)に基づいて治療を考えていくべき時代であると言えるでしょう。

たとえ本人が望んだとしてもその医療行為はヒポクラテスの誓い(ジュネーブ宣言)に反しないのか、という医の倫理の観点でも、その医療行為のデメリットを上回るメリットを明確にする必要があります。

医学論文検索サイトPubMedで“sex reassignment surgery suicide (gender reassignment  surgery suicide)”と検索し、「性別適合手術は自殺率を減少させるか」という切り口で考えます。

まず様々な論文を比較検討した論文(レビュー論文)から見ていきましょう。

2021年にAnna Cäcilia Meierらは、性別適合手術の効果について系統的文献レビューという偏りの少ない方法で27本の文献を分析し発表しました。その結果は、QOL(生活の質)の改善を認めるものの性別適合手術後も精神障害と死亡率は増加したままというものでした(1)。

2018年、Roberto D’Angeloのレビュー論文では性別適合手術に関する過去の論文の質を評価しています。対照群(治療介入しない群)や盲検(研究する人や研究される人がどちらの群に割り当てられたかわからないようにする方法)を設定できないこと、研究でフォローアップ中に連絡がつかなくなる患者の割合の多さ、多くは自己報告によることなどから、性別適合手術で自殺率が改善したという質の高い論文はないと結論しています(2)。

Mohammad Hassan Murad らによる、28本の文献をメタ解析(複数の論文を統合して解析する、精度の高い分析手法)した2010年の論文では、性別違和や精神状態、QOL(生活の質)が改善した可能性が高いものの対照群のない自己報告による観察研究であり、エビデンス(科学的根拠)の質は非常に低いとしています(3)。

一方、カナダ保健技術庁による2020年の報告では、性別移行を待っているときに自殺のリスクが最も高くなり、移行が完了した後は自殺傾向は大幅に低下する、とあります(4)。

上記の3つの論文とは印象が異なりますね。どういうことでしょう。

その主張の根拠となる参考文献は2つです。

1つはGreta R. Bauerらによる2015年の論文で、性別適合手術後に比べて手術前または予定なしのトランス男性は不安の報告が1.56倍多い(トランス女性は差なし)という結果でした(5)。

回答者主導型サンプリング調査(「隠れた集団」を見つけやすいアンケート手法)を用いており、生存バイアスは免れません。

2つめもGreta R. Bauerらによる2013年の論文で、同じく回答者主導型サンプリング調査を用いての調査です。自殺企図の割合は医学的移行を不要3%、検討27%、移行中18%、完了1%という結果でした(6)。

生存している回答者の主観として自殺企図が術後に減ったということはいえますが、先述の「対照群のない自己報告による観察研究」にあたり、これによって手術により自殺率が大幅に低下するとはいえません。
とはいえ性別移行中が最も精神的に不安定になるということを示した非常に重要なデータと思われます。

客観的なデータはないのでしょうか。
アムステルダム大学C. M. Wiepjes, M. den Heijer, T. D. Steensmaらが2020年に発表した論文では、オランダのすべての住民の生年月日と死亡日、および死因の病院登録システム、医療、心理ファイルをクロスチェックすることで可能な限り対象患者の転帰を把握しました。

1972年から2017年の間にアムステルダム大学医療センターの性別違和(性同一性障害)専門センターを受診した8263人のトランスジェンダーを対象としたコホート研究(要因と疾病発生の関連を調べる観察研究)です。

自殺で亡くなった49人のうち、35人は過去2年間に通院歴があり、他の14人は通院が途切れています。通院中35人のうち16人は術後、2人は手術の軌道に乗っており、17人は自殺時にまだ診断段階またはホルモン段階にありました。

この研究における重要な発見は、観察された自殺死の発生率が(手術を含めた)治療のさまざまな段階にほぼ均等に分布していたということです(7)。

上記は後ろ向き(過去に遡って調査する)コホート研究ですが、前向き(登録した被験者の変化を観察する)コホート研究もあります。

2017年の欧州多施設共同研究ではアムステルダム(オランダ)、ゲント(ベルギー)、ハンブルク(ドイツ)、オスロ(ノルウェー)の医療機関が参加し、合計546名が登録され、期間終了時に201人(37%)が調査に回答しました。

その結果として性別適合手術の満足度は94%〜100%でQOL(生活の質)の向上が見込めるとしています(8)。

脱落率の高さに驚かされます。調査から降りた63%の人は何を思い、どうなってしまったんでしょう。

さて、ここまで挙げたほかにも自己報告法による文献や、上記よりも少数の症例を対象とした論文、1980年代の古い文献等々がありますが、以上の内容を覆すものはないでしょう。

先に述べた通り、現在のところ性別適合手術はQOL(生活の質)を高める効果は期待出来るものの自殺を防ぐ効果があるとはいえない、というのが結論です。

命を救う効果がいまだに証明されない一方で、不可逆的な変化をもたらす性別適合手術を、果たして子どもにまで積極的に勧められるでしょうか。とてもそうは思えません。

専門の医師は当然ここまでのことを理解し慎重に手術の適応を判断するものと信じますが、社会の風潮として性別移行を安易に後押しし、また夢見させるようなことは慎むべきだと思います。

大人についても判断が難しいと思います。戸籍変更に関して「手術要件の撤廃」という話が出てくるのもわかります。

本来は性別適合手術を「した」人の生活上の不便があまりに大きいことから特例的に戸籍変更を認めましょうというのが日本の特例法の趣旨であり、「戸籍変更したければ手術をせよ」というものではないのですが、そう受け取るような(身体違和のない/少ない)人には手術は有害無益と言えるでしょう。

性別移行の保健適応を求めるネット署名に署名したこともありますが、保健適応で手術を受けるハードルが下がることが果たして良いことなのかと今は悩んでしまいます。

私が「トランス・アライ」(トランス活動家)なら手術を受けない・希望しない「非オペ」のトランスジェンダーの権利をますます強く主張するでしょう。

その主張が大きくなれば、「ペニスがあり性的指向は女性に向い、『性自認』が女性というトランス女性を法的に女性と認めて良いのか」という問題が、悪意を持った架空の条件設定でもなんでもなく、ますます現実味を帯びてきます。

本稿が性別適合手術の現在の位置付けについて把握する一助となれば幸いです。

2021.11.18

参考文献

1)Meier AC, Papadopulos N. Lebensqualität nach geschlechtsangleichenden Operationen – eine Übersicht [Quality of life after gender reassignment surgery: an overview]. Handchir Mikrochir Plast Chir. 2021 Jun 16. German. doi: 10.1055/a-1487-6415. Epub ahead of print. PMID: 34134147.


2)D'Angelo R. Psychiatry's ethical involvement in gender-affirming care. Australas Psychiatry. 2018 Oct;26(5):460-463. doi: 10.1177/1039856218775216. Epub 2018 May 21. PMID: 29783857.

3)Murad MH, Elamin MB, Garcia MZ, Mullan RJ, Murad A, Erwin PJ, Montori VM. Hormonal therapy and sex reassignment: a systematic review and meta-analysis of quality of life and psychosocial outcomes. Clin Endocrinol (Oxf). 2010 Feb;72(2):214-31. doi: 10.1111/j.1365-2265.2009.03625.x. Epub 2009 May 16. PMID: 19473181.

4)Brooker AS, Loshak H. Gender Affirming Therapy for Gender Dysphoria: A Rapid Qualitative Review [Internet]. Ottawa (ON): Canadian Agency for Drugs and Technologies in Health; 2020 Jun 8. PMID: 33231964.

5)Bauer GR, Zong X, Scheim AI, Hammond R, Thind A. Factors Impacting Transgender Patients' Discomfort with Their Family Physicians: A Respondent-Driven Sampling Survey. PLoS One. 2015 Dec 17;10(12):e0145046. doi: 10.1371/journal.pone.0145046. PMID: 26678997; PMCID: PMC4683012.

6)Bauer, Greta R., et al. "Suicidality among trans people in Ontario: Implications for social work and social justice / La suicidabilité parmi les personnes trans en Ontario : Implications en travail social et en justice sociale." Service social, volume 59, number 1, 2013, p. 35–62. https://doi.org/10.7202/1017478ar

7)Wiepjes CM, den Heijer M, Bremmer MA, Nota NM, de Blok CJM, Coumou BJG, Steensma TD. Trends in suicide death risk in transgender people: results from the Amsterdam Cohort of Gender Dysphoria study (1972-2017). Acta Psychiatr Scand. 2020 Jun;141(6):486-491. doi: 10.1111/acps.13164. Epub 2020 Mar 12. PMID: 32072611; PMCID: PMC7317390.

8)van de Grift TC, Elaut E, Cerwenka SC, Cohen-Kettenis PT, Kreukels BPC. Surgical Satisfaction, Quality of Life, and Their Association After Gender-Affirming Surgery: A Follow-up Study. J Sex Marital Ther. 2018 Feb 17;44(2):138-148. doi: 10.1080/0092623X.2017.1326190. Epub 2017 Jun 12. PMID: 28471328.

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