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からころセルフワーク*同調*

・今日のおはなし

本来のわたしから、今ここを生きる

アレクサンダー・テクニーク
(自分のつかい方)を分かち合いたく
綴っています。


今回のトレーニングクラスでは、
「手で触れる(タッチ)」ことをしました。
アレクサンダーテクニークでは、ハンズ・オンといいます。

二人一組のペアになって
椅子とバランスボールを使いました。

相手が椅子(バランスボール)の上で、脊椎を動かす(前後・左右・斜め)のを手で触れて、フォローします。

ひと通り終えて、お互いのフィードバックを伝えあいました。

わたしは、手で触れる(フォロー)側でした。

「椅子の方で触れるときは、相手の動きに合わせるという感じでしたが、
バランスボールでは、バランスボールに触れて動かすと、相手の動きはどうなるんだろうと共に探求する感じでした。」

色いろとフィードバックがありました。

椅子かバランスボールの上の
どちらでするのがいいのか
という話ではありません。

自分のフィードバックのことばから、
わたしは相手に触れると
“合わせる”思いがある
という気づきがありました。

みどりさん(先生)は
「相手に合わせるのではなく、ついていく。同意(シンパシー)ではなく、共感(エンパシー)です。」

わたしは相手に合わせてしまう
とくに相手に触れると、
相手か私か分からない
境界線があいまいになるのは
このことからもきていそうです。

そうなるとどうなるか。

人(相手)という刺激がつよく
影響されたり、翻弄されたりします〜

人といると疲れたり
一人が楽なのもそうか。

日本人の気質として、群れの文化から、
“同調する”という協調性があります。

サバイバル機能として、必要だったともいえます。わたしは決して否定はしません。

ただ、今のわたしには必要なのかな。
もう相手に合わせなくても生きていけます。

相手とわたしは
完全に分かれている。
分かれているけれど、
根っこでは完全に一つ。

ということが、
わたしの場合にはとくに
必要なことなのだろう。


27/3/2022,mayumi@kyoto

よんでくださって、ありがとうございます:)






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