書けない僕

早速書くことが無くなってきてしまった。
別に誰に頼まれてるわけでもないし、好きでやっているだけなので書くことがないのなら書かなければいいだけの話なのだがそうはいかない理由がある。

僕がエッセイを書いている理由はエッセイ自体が好きで書くのも楽しいというのも勿論あるがもう一つ大事な目的がある。
それ継続するということ。
飽き性で何事にもすぐに飽きてしまい続けることが出来ない僕は継続することの大変さを知っているし欠点だということも分かっている。
このエッセイも不定期だと謳っているが最低でも週に一回は更新しなければという思いはある。
本当は週3回が自分の中ではベストなのだけれどそう簡単にエッセイに書けるような事件が起きるはずもなく必死に絞りながら書いている。
せめて一年は続けなければという使命感が徐々に脳にお邪魔してくるので丁寧におもてなしして帰らないようにしなくてはならない。
書き始めて4ヶ月経ち、もう書くことが無いというテーマで書かなければいけないのは大分追い詰められていると思う。
だがそんなことで文句を言ってくるほど注目されてもいないため気は楽だ。
ホテルの一室で部屋を暗くしてブルーライトカットメガネを掛け雰囲気をだし星野源さんの曲を聴きながら今エッセイを書いている。
行き詰まったら星野源さんや若林正恭さん、松尾スズキさんなどのエッセイを読み着想を得ている。
勿論パクリなどはしていない。
多分。
大丈夫だと思う。
最悪パクッていたとしても誰からも気づかれないだろう。

最近コメントを頂けることがあるのだがそれがとても嬉しい。
読んでくれているんだなと直に感じることが出来るからだ。
それと同時に有名になってしまえば否定的なコメントも増えていくのだろうかと要らぬ心配もしてしまう。
生意気にも有名になった時の悩みさえ浮かんできてしまう始末だ。
元々これは一般人な僕のエッセイというテーマで書いているのだがもし有名になってしまったらテーマを変えなくてはいけないのではないか。
もう一般人じゃねえだろと叩かれてしまうんじゃないか。
有名人な僕のエッセイにしたらしたでただの素人がもう有名人気取りかと叩かれてしまうんじゃないかと悩んでしまう。
なんて無駄な悩みなのだろう。
「安心しろ、お前が有名になることはないから」と自分で自分を慰めるがなんて悲しい慰め方なのだろう。
でもそれが現実だ。
夢を見るのは勝手だが見すぎるのは良くないと自分に言い聞かせ日々このエッセイを書いております。
よければ今後も見てやってください。
次にこのテーマで書けるのは半年後かな。



お読みいただきありがとうございます。

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