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株で人を動機づける_経営の武器として(後編)


株式報酬について、歴史的・時系列的に整理してきた。

今回で最終です。今日は2つ紹介します。王道というよりも、専門性を使って法律と格闘して編み出されたスキーム。


これまで述べてきた6つのスキームは、実は全てが付与時点では無償。


例えば、ストックオプション(SO)は、「将来、XX円で株式を購入できる権利」だけど、役員・従業員はお金を払うことなく付与してもらえる。

だから、No.3として紹介したSOは、”無償SO”と言われることも。

付与と行使と売却は最初はなかなかややこしい。

以下、無償SOの流れ。

付与:役員・従業員に権利を無償で与える

行使:権利を行使して株を購入して自分のものに
(発行時の時価で。1株買うために500円とか600円とか)

売却:市場に売却する

今日紹介するスキームは、付与時点で役員・従業員がお金を払う(≒出資する)というもの。


No.7 孤高の存在_有償SO


無償SOに対して、”有償”SO。

権利を付与されるタイミングで役員・従業員はお金を払う。自らの意思で。

付与:役員・従業員が権利を有償で与える

行使:権利を行使して株を購入して自分のものに
(発行時の時価で。1株買うために500円とか600円とか)

売却:市場に売却する


要は、権利を買う時点からお金を払うスキーム。

有償SO:有償で株を購入する権利を買うストック・オプションのこと。「もらう」という受動的な報酬という概念ではなく、自分の意思で権利を購入(投資)するという概念のスキーム。
※権利は有償と言ってもそこまで高くない。


2010年にソフトバンクが活用し広まりを見せた。

このスキームはコンサルファームや弁護士が発行する著書の中では大々的に紹介されることはない。でも実務的に設計に携わる人はほとんど知っているよ、というスキームだ。理由は実質的に少数の会社のみが導入を推進している点が大きいのだと思う。


何を解決するために生まれたのか?

無償SOは、社内の役員・従業員でなくてもアドバイザー・顧問などの外部協力者へ発行することができる。

ただ、外部の人は社内人材ほどの税制上のメリットを享受することができない。権利行使するときに税金がたくさんかかり(キャッシュインなき課税)、現実的には発行しにくかった。

外部人材の活用は、企業の重要な業績向上ファクターになりつつある。

有償SOは、社内・社外関わらず、自らの意思でお金を払いこんで権利を買う(投資)ので、報酬ではないという立て付けになり、上記のような課税はないし、社内だけでなく外部人材へ税制面を優遇できるスキームとして活用できる。

また、SOは当然ながら役員・従業員への「報酬」としての性質を持つので、人件費計上が必要になるが、その点も不要だ。

自ら金額を払い込むという点も、業績向上へのコミットメントが無償SOより醸成されやすい面もある。


具体的制度内容は?

2010年7月にソフトバンクが活用したことで広く知られるようになった。

以下に簡単に整理するが、概要としては、

「29万円で権利を購入し、2,600万円で実際に権利行使して株式を自分のものにし、X,000万円で適宜売却して利益を得る」という仕組み。

いくらで権利を買える?(無償SOはここが0円!)
 ・200株:2,900円 
発行された権利は?
 ・8,000,000株
 ・300名が対象
実際に購入された権利や金額は?
 ・6,899,000株
 ・11名(役員:平均約220,000個)
 ・222名(従業員:平均20,000個)
 ・役員は1人約320万円、従業員は1人約29万円を払ったことになる。
 ※従業員といっても部長クラス以上だろう
業績条件を達成し、期限の2017年に売却した場合?
(従業員の場合)
 ・行使価格:約26万/200株→約2,600万円で購入
 ・6末株価:約90万/200株→約9,000万円で売却
業績条件は?
 ・3つの“かつ”条件
  1. 2012年までの3年間のFCF合計が1兆円以上
  2. 2012年の純有利子負債の金額が0.97兆円以下
  3. 2011年と2012年の営業利益合計が1.1兆円以上
行使期間は?
 ・2012年に25%、2013年に50%、
 ・2014年に75%、2015年~2017年に100%
 ※2019年に株式を2分割した点を考慮しています。

この29万円はとても安い。

29万円払うだけで実質約Y,000万円の益がでる。

役員だと少なくともその10倍。

これは、前提として厳しい業績条件を課しており、その業績条件を達成する可能性等も含めて難しいシミュレーションして求まる金額。

この業績条件はクリアされ、対象者は嬉しい思いをした。


導入社数は?

株価が上昇しないと旨味がないので、上場しているかつベンチャー企業という会社を中心に広まり、2012年:約50社→2015年:約130社が導入している。(2017年2月3日 BUSINESS LAWYERS「第1回 有償ストック・オプションとは」)

2015年以降は2016年のデータしかないが、導入数累計は頭打ち。

理由は、同じ目的であれば次に紹介するNo.8の時価発行型新株予約権信託のスキームを選択する企業が増えたからではないかと推察する。

またさらに、2つの法改正があり、有償SOのメリットは少なくなった。

1つめは、(無償の)SOも外部者が税制優遇が受けられるように法改正されたこと。(ただ計画書ださないといけない、10年以内の法人のみ等、少し使いにくい)

2つめは、人件費として費用計上しないといけなくなったこと。


やっと最後まできた。次で最後のスキームだ。

有償SOや1円SOおよび無償SOは、実は予め「この人に払う」と対象者を決めておくことが必要だった。

これは、上場直前や上場後の優秀者には報いにくいということになり、結構な不公平感が生じてしまう。

その問題点を信託型にし、とても柔軟な設計ができるようにしたものが次で紹介する最後のスキーム。


No.8 有償SOの進化形態_時価発行新株予約権信託


名前が長い。とんでもなく。


1、2年前くらいにベンチャー、スタートアップ界隈でブームになった。今は少し落ち着いている状況だけど、上場前のベンチャーにとっては非常に使いやすい。

時価発行新株予約権信託:有償SOの進化版。付与対象者の代わりにオーナー経営者等が金銭を信託機関(or顧問税理士等の個人の信託者)に払い、その金額を使って企業から有償でストックオプションを購入して預かっておく。信託型なのでポイント制で設計でき、個人のパフォーマンスを考慮した事後的な付与や、将来の入社予定者への付与が可能となる。


何が使いやすいかというと、役員/従業員の代わりにオーナー社長がポケットマネーからお金を出すことが前提の仕組みであること。

また、ポイント制で設計できるので、等級やパフォーマンスと連動させることで公平感を醸成できる。

上場後に入ってきてくれた人にも、株主に説明責任を果たせる明確なロジックを設定すれば、個別に渡すことも不可能ではない。

実際にSansanが2019年6月に上場したが、上場の直前である2019年1月にこのスキームを活用している。

Sansanの場合は1株3800円とそれほど安くない金額で権利行使できる権利のようだ。

企業名:Sansan※2019年1月実施(2019年6月上場)

誰にどのくらい(株式を購入できる)権利を渡す?
 ・既存及び将来採用する役員・従業員・外部協力者
 ・534,611株
 ・1株3,400円

権利を発行するのにいくらかかった?(どこが”有償”SOなのか?)
 ・1株17円で発行
 ・(役員・従業員でなく)オーナー創業者が534,611株(約900万円)分を拠出

どういう条件で交付が可能?
 ・2020年~2022年の間にSansan事業のセグメント利益が31億以上
 ・顧問税理士に信託して(預けて)おり、3回に分けて信託から交付

信託から出てくるのはいつ?
 1. 2019年1末から2年が経過した日の翌営業日
 2. 2019年1末から3年が経過した日の翌営業日
 3. 2019年1末から4年が経過した日の翌営業日

対象者や付与数はどうやってきまる?
 ・次の2つの方法の合算でポイントが決まり、付与される権利株式数を積み上げたポイント数に応じて分配
 1. 期待される役割×パフォーマンスでポイント付与
 2. 社外評価委員会による組織や個人の貢献度合い等でポイント付与

うまくいくと役員・従業員はどの程度儲かる?
 ・以下の前提をおく
  -上場時で約500人。人数は1.5倍で750人
  -企業価値(=株価)は2倍になっている
  (上場直前Sansan事業のセグメント利益約14億)
  (あと3年で利益約2倍は、通常なら達成可能)
 ・単純に534,611株を750人で割ると、一人当たり700株
 ・3,400円で700株購入し6,800円で売却したら、
 →約250万円(課税20%されるので200万円)
 ※あまり大きな額ではない、むしろ少ない。。
 ※評価による分配などがあるので、あくまでも平均

現状、30社ほどが導入しているようだ。(プルータスコンサルティング 「時価発行新株予約権信託」)


まとめ1_一覧性をもって理解したい

ここまでは、読み物として記載してきたが、最後に一覧性を持たせたものを整理しておく。

株式報酬は結局のところ、目的は4つくらいしかない。

株式報酬の4つの目的
 1.Attract_人材獲得
 2.Incentive_業績向上
 3.Same Boat_株主との利害一致
  4.Retention_退職防止

目的に照らしてスキームを選択すればよい。(あとは、費用計上と損金算入の観点がとても大事で、CFOか専門家と相談しながら)


まとめ2_どのフェーズで使うのが得策か整理したい

結局のところ、企業のどのフェーズで使えるの?を整理しておきたい。

前提として、値上がり益型か?フルバリュー型か?を整理する。

値上がり益型
・株式を買う権利を渡し、値上がり益を狙うスキーム
 =株価が大きく上昇する局面(=一緒に夢を見ようぜ!)で活用
 No.3 SO
 No.7 有償SO 
 No.8 時価発行型新株予約権信託

フルバリュー型

・株式そのものを渡すことを志向したスキーム
 =株価が上下しても全てがその人の益となる
 No.1 持株会
 No.2 ESOP信託
 No.4 1円SO
 No.5 株式交付信託
 No.6 特定譲渡制限付株式

なので、王道の使い方としては、

スタートアップ時期から→No.3 SO(No.1持株会)
上場見えてきた時期から→No.8 新株予約権信託
上場後→No.2とNo.5の信託、No.6 譲渡制限付株式

という整理で良いと思っている。


まとめ3_株式報酬設計から見えてきた資本主義


株式報酬がここまで世間的に熱くなっているのは、2つの波があるから。

1.第4次ベンチャーブーム
2.上場企業におけるコーポレートガバナンスの強化


個人的には、特に2つめの「コーポレートガバナンスの強化」というのがカタカナ言葉でずっと腹落ちしてなかった。

コーポレートガバナンス(企業統治)というのは、何を解決したくて成立してきたルールなのか?という点で理解するとよいと思う。

企業経営においては、経営者が最も企業情報を握ることができる。一方で、株主や従業員やその他のステークホルダー達はそこまでじゃない。この情報の非対称性を解消するために、コーポレートガバナンスというルールが生まれた

特に株主から見たときに、情報の非対称性が改善され、企業の中が健全に自律的に運営されるようにという願いを込めて作られたルールだ。

なぜ株主から見たときが最も重視されているのか?
その答えは簡単に言うと、株主が一番偉いから。

株式は、当然ながら株式”市場”で取引される。我々も、普段野菜やお肉を買いにスーパーに行く。昔はスーパーは”市場(いちば)”と言われたりもした。”市場(いちば)”では、お金(資本)を有している我々が、モノやコトを品定めし、よいと判断したものだけ購入する。
そこでは、我々はお客様として=一番偉い人として扱われる。
この構造が株式市場でも同じなだけ。いろいろな企業の株式が売りものとして約3,500種類くらい陳列されている”市場(いちば)”で買い物をするお客様が株主(or資本家)。一番偉い人として扱われるのは当然だ。

経営者は、株主の代理人として経営を行っているという立場(エージェント理論)もあり、そうなると株式報酬は、資本主義のルール上で一番偉い株主が望む行動をとるように経営者(&従業員)を動機付け・制御する仕組みとも言える。

資本主義は、「資本をもつ人が一番偉いとされるゲーム」なので、資本家の立場が重視されるのは当然と言えば当然。

資本主義のそもそもの定義を見ても、資本家がいないと成立しない。

資本主義経済:資本家が生産手段を私有し、労働力以外に売る物をもたぬ労働者の労働力を商品として買い、労賃部分を上回る価値をもつ商品を生産して利潤を得る経済


とはいえ、日本で普通にサラリーマンとして生きていると、資本家がとんでもなく偉いというのは少し感覚的に合わないという面がある。

直近で、やっぱり従業員が一番大事じゃね?というどちらかというと日本的な感覚に近い方向への揺り戻しも来ているようだ。

資本主義の定義も、「労働者がいないと成り立たない」とも言えるし。

資本調達コストが下がり、労働調達コストの方がどんどん高くなってきている中で、労働者の価値が上がっていくという考え方はさらに加速していくだろう。


参考)参考にした最近の株式報酬・役員報酬に関する書籍


※株式報酬の変遷を会話形式の中から読み解くことができる。そこそこ良かった。


※役員報酬で有名なタワーズワトソンの書籍。設計していく上でのある程度の詳細の論点まで把握できる。そこそこ良かった。


※日本の上場企業の役員報酬スキームが概観できる使い方になる程度か。


※報酬決定機関である委員会に関してQA形式で学べるが、詳細すぎた。


参考)勉強になったWEBサイト

※株式と株券は何が違うのか?が分かった。


※持株比率によって何が違うのか?が分かった。


※上場時に創業者社長はどれくらいの比率なのか?が分かった。


※どのスキームで、どういう課税になるのか?が分かった。税制適格と非適格とは何なのか?も分かりやすい。


※持株会制度とESOPについて違いがよく分かった


※上場ではなく、売却した場合のみなし清算について、具体例とともに理解できた。


※No.5 株式交付信託とNo.6 RS等の関係性を概観できた


※どういう思想なら、どういうスキームを選択すべきか?の考え方の1つとして参考になった。


※そもそも譲渡制限付株式を、PSとして使うのは論理的におかしい、というのを詳しく論じていてわかりやすかった。


※ストックオプション制度の歴史が詳しく記載されている


※日本における株式持ち合いの歴史が分かりやすかった。(野村證券経済調査部)



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