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長く短い祭りの終わり THE MATCH2022 感想

夏草や 兵どもが 夢のあと。

THE MATCH2022・那須川天心vs武尊を観に東京ドームへ、私は足を運んだ。

私が那須川天心vs武尊を熱望したのは、2015年8月。那須川が『BLADE』のトーナメントを優勝した時。約6年10カ月に渡り、経った一夜で決着の付いた長く短い祭りが終わりを告げた。

今大会は私にとっては平成が残した最後のビッグマッチを見届けてくる気持ちであり、2人が創り上げた物語の完結を見守るような思いだった。


夢の東京ドーム。そして、Prince『~Endorphine  Mashine~』


私が東京ドームで格闘技興行を観るのは初だ。と言うより、東京ドームの会場内に入るのも初めてだった。東京ドームと言えば言わずと知れた旧K-1時代に毎年12月『K-1 WORLD GP 決勝戦』が行われた会場であり、旧K-1を見ていた立ち技格闘技のファンにとっては聖地と言って良い場所だろう。

格闘技バブル、そして、そこからの冬の時代を経験したファンの1人として、まさか東京ドーム興行で軽量級の日本人同士がメインを張り、立ち技格闘技興行が旧K-1時代と同規模で開催されてソールドアウトになるなんて、10年前の自分に言ったら、絶対に信じないだろう。

今迄、見た事ない程の人波を抜けて会場入り。すると....…

あの曲が流れた。

旧K-1のフジテレビ放送のオープニングテーマ曲・Prince『~~Endorphine Mashine~』が場内に流れた。


ドームに入った瞬間、私は何だか「遅かったな、待ってたよ」と言われたような気持ちになった。
オープニングセレモニーでも選手紹介時にこの曲が流れ、演出を考えたRIZINチーム(恐らく佐藤大輔だろうか)は、『立ち技格闘技の文脈と歴史』が地続きで続いている物語的な要素を踏まえ、この演出を考えたのだろうと感じたし、この粋な計らいと演出で自分にとってこの興行は改めて『平成の格闘技と旧K-1にお別れを言う「卒業式」のような興行になる』ことを強く思った。


他のオープニングセレモニーの演出に於いて、思わず驚嘆したのが、オープニング映像が始まった最初の映像で、東京ドームの観客たちの様子が映し出され、バッハの「主よ人々の望みの喜びよ」がBGMで流れた。『新世紀エヴァンゲリオン/まごころを君に(通称・旧劇)』のオマージュの演出であり、選手登場のセレモニーでも『新劇場版エヴァンゲリオン・Q』の鷺巣詩朗の楽曲が流れて那須川天心と武尊が登場し、東京ドームの大観衆が総立ちとなって、地鳴りのような歓声が沸き上がった事を私は忘れないだろう。

旧K-1やPRIDEのドーム興行に匹敵する熱を小さな軽量級の日本人2人が創り出した、奇跡の瞬間なのだから。


蓋を開けてみれば対抗戦はRISE勢勝利。他流試合の深甚


今大会は『RISE vs K-1』と言う対抗戦の図式となったが、結果は

RISE勢:9勝6敗   K-1勢:6勝9敗

とRISEの完勝と言って良いだろう。

そして、肝心のメイン。那須川天心vs武尊は那須川の完勝と言う形で幕を閉じた。私自身の個人的なジャッジは『30-27』だった。

那須川武尊の試合展開に関しては、以前私がNoteで技術的な観点に着目した那須川天心vs武尊の予想記事をアップしたが、思いの外試合展開まで細かく当たっていた。(えっ?天心武尊以外の試合予想は散々だったって?知らん)


今回の対抗戦を経て改めて思い知らされたのは、やはり対抗戦や他流試合は基本的にAサイドの方が勝つ。という言葉にすれば、ごく当たり前の事を再確認した感じだ。

※一応前置きするが、私は別に新生K-1寄りのファンでもなければ、RISE寄りのファンと言うわけでもない。どちらの団体も好きだし応援している立ち技格闘技派のキックヲタである。

思えば、平成の格闘技シーンを思い返してみても、対抗戦や他流試合の色を含めたビッグマッチは基本的にAサイドが勝ってきた。

例えば、日本で言うと魔裟斗vs川尻、DREAM戦極対抗戦、やれんのか!、K-1軍 vs 猪木軍などか。挙げればキリがないが。

アメリカで言えば、メイウェザーパッキャオやメイウェザーマクレガーなんてまさにそうだし、UFCでもPRIDEを買収したばかりの頃は『UFC vs PRIDE』なんてアングルであったが、大体の試合で元々UFC所属だった方が勝っていた印象だ。 DREAMvsStrikefoce(メレンデス青木・メレンデス川尻)なども。

それを答え合わせしたような結果だったのが率直な感想である。

今回のTHE MATCHのキックルール⇩

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ポイントは『掴みは攻撃が伴う流れの中でならOK』と言う所だ。基本的にはRISEの土俵とも言えるキックルールである。判定基準でも、近年の新生K-1はいくら有効打の数で上回っていても、倒す姿勢やアグレッシブさが無ければ評価しない傾向だ。しかし、RISEは逆である。

要するに、新生K-1勢が基本的にRISEルールのキックボクシングでRISE勢と対抗戦をした。と言う図式だろう。

評価基準が新生K-1とRISEでは異なる為、『RISEでの評価基準に沿った普段の戦いが出来るRISE側が勝った』というのが、今回の対抗戦での結論である。

なにが言いたいかと言うと、別に今回対抗戦で勝利したRISEのほうが強いとか、負けた新生K-1の方が弱いだとかそんな単純なモノではなく、今回は自分の土俵に新生K-1勢を引き込んだRISE勢の試合前のルールをめぐる交渉や駆け引きを含めた勝利と言う事である。

例えば、これが仮に新生K-1のホームでK-1ルールでやっていたら、勝敗が変わった試合なんて3~4試合はあっただろう。金子vs鈴木、レオナvs中村、風音vs黒田なんて正にそれなのではないだろうか。
勿論、新生K-1でやっても勝敗は全く変わらない試合も当然ある。


他流試合や対抗戦は、如何に自分の有利な土俵に持っていけるかが勝負の際という訳だ。これは、格闘技に限らず、だいぶ飛躍して本題の論点と逸れるが他のスポーツや仕事や対立軸を持った人間関係で起こる競争に於いても言える事なのではないだろうか?

如何に自分の土俵に引き釣り込めるかで勝敗なんて全く別になるなんて事は、他のスポーツでも良くある話だ。そもそも、対抗戦に100%の中立を求めること事態がナンセンスである。人のプライドやエゴがぶつかり合うイデオロギー闘争に於いて、どちらの方がより自分に有利な方に話を進めるかの綱引きなんて当然あるだろうし、そういう試合前の人間の欲が見え隠れする駆け引き込みで、対抗戦や他流試合は面白いのだと思う。

今回はそんな駆け引き込みの闘いでRISEに軍配が上がった。それだけの話である。



最後まで理解されなかった悲しき天才・那須川天心


那須川天心はキックボクシングの歴史が生み出した最高傑作であり、数十年に一人の天才であるのだと思う。帝拳ジム・浜田会長ですら惚れ込んだその才能はボクシングと言う競技でも才能を発揮するだろう。

しかし、キックボクシングに於いては最後まで彼の才能はほとんどの人々に理解されることは無かったな。というのが率直な感想だ。

今回、この世紀の一戦をダウンを奪った上で終始完封し、完勝したのは那須川天心だ。

⇧1R終盤にショートの左フックカウンターで天心が武尊からダウンを奪う

だが、これまでの2人のストーリーを踏まえ、分かりやすく感情移入しやすかったのは武尊が創った物語だし、人は敗れて大きなものを失った方を応援したがるのが世の常だ。どん底から這い上がっていく様を見たいのだろう。

されど、私は那須川天心という才能をキックボクシングキャリアの最後まで信じていたし、今回の武尊戦でも彼の勝利を信じていた。「私の目に狂いが無ければ、この子はこんな所で負けず、もっと広く、高く、誰も手が届かない所まで上り詰め、見た事のない景色が見れるところまでファンを連れて行ってくれるはずだ」と。

私はキックボクシングを格闘技の中で最も愛するファンだが、那須川天心と言う才能が理解されないこの世界に、やはり留めて置いてはダメだと改めて思いしった。才能には副作用があり、栄光には影が付きまとうと彼を見てるといつも思い、心が苦しくなる。

そんな天才には、団体や格闘技界の為に今迄自分を犠牲にしてきた分、これからは自分の為だけに戦ってほしい。天心が自分の為に頑張った結果、それが結果的にファンの為にもなるのだ。

以前、作家・夢枕獏先生が那須川天心を『大乗の船』に例えていた。

それは、ファンは選手と言う名の『船』に自分の心の一部を乗せるのだと。だからこそ、その選手が負けた時はまるで自分が負けたかのような悲しみと悔しさが襲ってくる。だから、そう簡単に船には乗れない。しかし、ここに信じられる船が現れた。それが那須川天心だ。この船に乗りたいと思う。
と言うそんな内容の素敵な詩を残していた。


私が天心を初めて見た時、まるでずっと探していた宝石を見つけたかのような気持ちになったのを今でも覚えている。「やっと現れた。魔裟斗を越える逸材が」と。その時から私の那須川天心と言うファイターへの信頼と愛は揺らいだことは無い。ある意味、キックボクシング最高傑作とも言えるこの天才に対する信仰なのかもしれない。

それはこれからも変わらない。

私はこれからも、那須川天心と言う名の『大乗の船』に乗り続ける。



原罪と福音。武尊が『Mr.K-1』になった日。


やはり、武尊は新生K-1の選手の中で最も『K-1』を体現する選手である。
彼は那須川天心に敗れたあの日から『Mr.K-1』となった。

Kの原点とは何か?

『リベンジ』である。石井和義館長が掲げ、アンディ・フグやピーター・アーツ、魔裟斗と言ったかつてのK-1のレジェンド達が体現したKのリングに受け継がれた思想・理念・観念だ。

世紀の一戦に敗れた彼は、大衆の心は掴んだ。ここから彼はアンディ・フグのような『復活の物語』を見せてくれるだろう。

これから、那須川天心に直接リベンジするチャンスがある機会は恐らく訪れないだろう。しかし、彼にとって那須川に『間接的なリベンジ』を果たすチャンスはある。それが、彼のファイターとしての心の軸になるのかもしれない。

先日、武尊の会見を拝見して思ったのは、今後のキャリアに於いて、恐らくMMA挑戦も視野に入れてるのだろう。これに関しては私の武尊の1ファンとしての個人的な願望であるが、RIZINのMMAには行かないで欲しい。

何故か?
これはRIZIN代表の榊原信行も語っていたが、RIZINと言う舞台はあくまで『MMAを通じて他流試合を見せる場』だからである。
具体的な例を挙げると、これまで新生K-1やRISEのキックボクサーがRIZINのMMAに挑戦し、どんなマッチメイクを受けてきたかを思い出して欲しい。

キックボクシングでMMAは初心者である選手達に、実績的には伴ってないミスマッチメイクを連発して負けさせた事実がある。

MMAを通じて他流試合を提供する場である以上、当然『MMAファイターとして育てるマッチメイク』なんて出来る基礎は当然出来ていなく、異種格闘技的なアングルでキックボクサーとしてのキャリアを上手く利用したマッチメイクが目に付く。

要は、RIZINに行っても『上手く利用されるだけ』の可能性が高いからだ。

平本蓮、ベイノア、久保優太はまさにその状況で、武尊なんてRIZINからしてみれば『最上級の餌』にされる可能性が高く、そんな武尊を私は見たくない。先日、武尊のMMA挑戦に関しては青木真也も同じ意見を語っていた。


しかし、武尊がMMA挑戦するならば、年齢的にも立場的にも非常に厳しいだろうが、アマチュアや1からキャリアをコツコツ積み上げていくプロセスを組んで欲しい。武尊も以前、自身のYouTubeチャンネルのMMAに関するインタビューで「MMAに挑戦するなら、1からコツコツ積み上げなくては難しい」と語っていた。
もし、挑戦するならそんなキャリアを歩んで欲しい。

しかし、私としては武尊にはキックボクサーで居て欲しいと言う想いの方が強い。那須川戦後に天心の父である那須川弘幸氏が言っていたが、キックボクシングの世界に於いて、天心が去った今、この競技で最も影響力を持った存在は間違いなく武尊であり、キックボクシングと言う競技の発展に於いて、絶対欠かせない存在である。と語っていたが、私も強く同感する。

武尊が新生K-1の枠の中ではなく、キックボクサーとしてどんなキャリアを歩むかで国内のキックボクシングの状況と市場の規模、格闘技界での立ち位置は大きく変えられる可能性を持ってる存在であるからだ。

そんな世界線の武尊が見てみたいな。と言う個人的願望である。


ここまで武尊への個人的願望を色々と語ったが、でも、武尊がSNSを通して差別や誹謗中傷を受けながら、自分を犠牲にして、身と心を削りながら、那須川天心との決着戦まで持っていった過程をファンと言う遠い存在ながらも見てきたし、そんな姿を見て、私は那須川同様、これからは格闘技界でも団体でもファンの為でもなく『自分の為』に闘ってほしいと言うのが1番だ。その想いは皆、一緒なのではないだろうか?
彼がどんなキャリアを選択しようと、彼を非難する者は1人も居ないだろう。

背負った十字架は置いてこう。もう良いだろう。

『負けると言う選択肢』を持った彼は、試合から数日後、公の場に見せた彼の表情はどこか吹っ切れたような表情をしていた。
『災いを転じて福と為す』
ピンチをチャンスに変え、借り越した噂は突っ返す力を彼は持ってるんだ。

今回の敗戦をどうしていくか?
その審判を下すのは誰でもなく、武尊自分自身だ。

そんな彼の姿を私は天心同様にこれからも見守っていく。

彼の『リベンジ』と言う名の第2章が始まるのだから。


最後に。


この記事を読んで下さった読者の方々、ありがとうございました。
ここからは私の個人的なKヲタとしての願望ですので、読んでいられる方の中にMMAファンやボクシングファンがいらっしゃいましたら、少々不快な気持ちになってしまう方もいるかもしれません。あくまで個人的な願望ですので聞き流していただけたらと思います。

今回の『THE MATCH』と言う興行は私にとって格闘技ファンとしても1つの区切りでした。記事の冒頭の方でお伝えしたように『平成の格闘技からの卒業式』的な大会でした。

那須川天心vs武尊を経て、少しずつ格闘技への熱も私自身下がっていくと思います。こうやって長文の記事を書けるのも、那須川天心vs武尊を中心にした熱と言うモノがあってこそであって、それが無くなった今、またこうして記事をアップする機会があるかは分かりません。

しかし、格闘技への熱は冷めても、私には変わることはない旧K-1を愛して今なお、立ち技やキックボクシングを愛するファンとしての信念があります。

それはキックボクシングがMMAやボクシングに負けない位の規模の競技に発展する事です。

何度も諦めかけた私個人の密やかな野望でしたが、今回の『THE MATCH』をみて、キックボクシングにはそれだけのポテンシャルを秘めた競技であると確信しました。

それはいつの日になるか分かりません。しかし、そんな日が来ると私は1人の格闘技ファンであり、Kヲタの残党として願っています。

そして、ボクシングで戦う那須川天心。武居由樹。
MMAに挑戦する全てのキックボクサー達よ。
負けるな、勝て。
例え試合で負けたとしても、その競技に負けたような事は絶対に口が裂けても言うな。
キックボクサーとしての誇りだけは絶対に捨てるな。

それが私の不滅の『K-1』だ。



不滅の鉄人




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