幼少期の真実

こんにちは。

今日は僕の幼少期の頃の記憶の一部を綴ります。

今から綴る「ある事」がきっかけで、自分の親も僕が吃音であることに違和感を覚えていたんだと確信しました。

それと同時に親も色々悩んでいたんだということも分かりました。

僕は幼少期の頃、都内の幼稚園に通うごく普通の子供でした(今は引っ越して他県に。

外遊びが大好きで、いつも園庭で遊ぶときは人一倍はしゃでいました。

バスの運転手のおじいさんや担任の先生は本当に良くしてくれ、今でも記憶に残ってます。

そして、平日の何日かはある施設へ行ってました。

そこには幼稚園よりも広い園庭があり、インコやニワトリなどを飼育する大きなゲージがありました。

幼稚園よりもたくさんの遊具がありました。

施設内にも遊ぶような部屋がたくさんありました。

しかし、僕がその施設に行くときはほとんど貸し切り状態で、他にその施設にきている子供がいなかったことを覚えています。今思えばなぜなんだろうと疑問に思います。

そこにいる先生もとても良くしてくれました。ずっと僕と遊んでくれた先生が園を去った時、子供ながらにとてもショックで、新しい先生が赴任してきた初日は前の先生が名残惜しく、その施設には行かずに母親だけ行った日のことを覚えています。

時は流れ、社会人になり、家族との会話のある発言で衝撃が走りました。

母親との会話の中で、「そういえば昔、ある施設に行ってたね、あの遊具がいっぱいある・・・。なんであそこにいってたのかな、習い事かなんか?」

そう質問した僕に対しての母親の答えはなんと、

「あぁ、あれはね、あなたが吃音気味だったから・・・それを改善しようと入れたのよ」

なるほど、と僕は思ったのです。

そうか、やっぱり親もこの喋り方に違和感を抱いていたんだ、

この喋り方に悩んでいたんだ、とちょっと胸が痛くなりました。

今ではいろいろな吃音に対するアプローチの仕方がありますが、

当時僕が治療のために行ったのは、心身的なアプローチで

思いっきり好きなだけ遊んだり、はしゃいだりしストレスを発散し、心身を癒す、というようなものだったと思います。

確かに遊びまくりましたが、結局この方法では吃音は良くなりませんでした。

親も色々悩んで調べて、希望をもってこの施設に入れたのだと思います。

今となっては申し訳ない気持ちでいっぱいです。

実は幼少期の頃に、吃音改善をやっていた、という事実。

母親も僕が大人になってから打ち明けた事実。

やはり、まだまだ吃音というのは、親からしたら周りに言うのも恥ずかしくて

本人に直接言うのも申し訳なくさせるような存在なんだと感じました。

もう少し、理解してもらえる世の中になったらいいですね。

では。