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2-13 「他者観点」はマジレスによってでしか育まれない

どのようにしてメンバーを巻き込んでいくのか。

筆者は以下のように述べている。

“「視点のズレ」という。心理的・身体的な興奮状態を経験していないとき、人はそれが自分に与える影響をひどく過小評価するのだ。
たとえば、医者はたいてい患者の感じている痛みを実際より軽く考えるという。自分自身がつらい目にあっているわけではないため、医者には患者のつらさが十分にわからないのだ。”p.148
“「自分は『よいことをしているのだ』となんの疑問も抱かずに信じきっていました。本当はどうすべきかを知るには、患者の意向を尋ね、話し合うしかないのですが・・・」
協力関係において、テイカーが「視点のズレ」を考慮することはまずない。自分の観点からしか物事を見ようとしないので、ほかの人が自分のアイデアや意見にどんな反応を示しているか、結局気づかない。”p.149
“マイヤーのような成功するギバーは、自分のものの見方を相手の視点に合わせる。だが、これを最初からできる人はそういない。”p.150
“人を真の意味で助けるには、自分のものの見方の外に出なければならない。マイヤーがしたように、こう自問する必要があるのだ。
「この場合、『受けとる側』はどう感じるだろうか」”p.152

かなりよくある話ではないだろうか。
先輩や上司、リーダー側としては良かれと思ってやっていることが部下や後輩からしたらイヤだったりサムく感じたりする人は他者観点に立てていない。しかも大学までくると大人になり、感情をコントロールするのがうまくなる。自分はいいことをしたと思っていても実は相手は良く思っていなかった、なんてことがあったとしても、そのことを相手から感じ取れないこともある。
これは非常に勿体無いすれ違いである。しかし他者観点は簡単に身につくものではない。では、どうするか。

フォロワーこそ他者観点を

フォロワーのみんなには、もしリーダーが部活を良くしようと頑張っていることが間違った方向に向かっているのであれば、ぜひ伝えてあげてほしい。「君が頑張ろうとしていることは伝わっているが、求めている言動はそうではない。」というマジレスがリーダーに他者観点を植え付けるきっかけになるのではないかと思う。「リーダーもリーダーなりに頑張ろうとしている」という姿勢を認めつつ、リーダーの他者観点を皆で育んでいくのが最も早いのではないかと思う。

苦い思い出
私は1年生から3年生の時、学年リーダー(時期主将候補)という役職に就かせてもらい、2年生の終わり頃「藤原が主将をするだろう」という空気がなんとなく流れた時に寝坊をし、周囲に迷惑をかけて、同期の信頼を失ったことがあった。そこからのミーティングでは、「藤原を主将にしていいのか議論」が始まった。チームのメンバーが大好きで、チームが勝つためには自分が主将をすることがベストだと思っていた私は、皆の前で「主将になって〜なことをして、こういうチームにしたい」ということを熱く伝え続けた。しかし、だいたい「お前に求めているのはそういうことじゃない」というマジレスをなんどもその場でFBされ、「あ、良かれと思ってやってた、言ってたけど、そんなに必要じゃなかったんだ」と他者観点を強制的に育むきっかけになった。

その後、みんなの器の大きさにより主将になった後も、定期的に自分の言動を振り返り、的確にFBしてくれるメンバーに聞きにいくようにしていた。体育会のリーダーは1年と短い。自問によってじっくり仮説立てる時間も重要だが、マジレスされる環境作りをしておくことがリーダーとしては大切なのではないだろうか。

最後までありがとうございました!