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【短編】真夏の焚き火。【今日は何の日 : 0813 月遅れ盆 迎え火】

「何してるの、お兄ちゃん?」
「おお、おかえり。帰ってきたのか」

 家の駐車場で『迎え火』をたいていたら、妹が返ってきた。

「こんなクソ暑いのに焚き火? お兄ちゃんおかしくなったの?」
「あはは、お前ならそういうと思ったよ」

 月遅れのお盆。
 今日13日は迎え盆だ。
 そして、ご先祖様の霊を迎え入れるためにたく野火が『迎え火』だ。
 空の向こうのあの世に向かって、煙を上げて、それを目印にご先祖を家に導く。
 そんな感じの、古い日本の風習だ。

「へぇー……『迎え火』っていうのか。ふーん」
「自分から聞いておいて、興味なさそうだな」
「まぁ、私、霊とか信じてないし?」
「左様ですか」

 妹は、『夏に焚き火をする』という異様な行動ではなく、『なんだかよくわからない日本の古い風習』だったこの焚き火に、早速興味を失ったようだ。

「あ、この火で焼き芋とかしていいの?」
「ダメですよ?」
「っちぇー……」

 もはや完全に興味を失った様子の妹は、家の中に戻ろうとする足を止めて、周囲を見渡す。

「ってかさ、お兄ちゃん」
「なにかね、妹よ?」
「こんなことしてるの、うちだけじゃない?」

 確かに、庭先から煙を上げているのは、周囲を見渡しても、どうやらうちだけのようだ。
 古い風習だし、いまどきこんなことをしている家庭なんて、もうほとんどないのかも知れない。

「まぁ、よく言うだろ? よそはよそ、うちはうちだよ」
「でたでた……」
「それにさ、お盆くらいは、母さんも休みだし、それならやっぱり、父さんも帰ってきたいだろ? きっとさ……」
「あ……」

 こんなもの迷信だろうし、霊を信じないといった妹と同じで、俺もほとんど霊なんてものを信じていない。
 でも、こうして『迎え火』をたいて、お迎えの準備をすれば、父さんの霊がもしかしたら本当に、帰ってくるかも知れない。
 そう思ったら、なんとなく、やっておいて方がいい気がしたのだ。

「そういえば、昔、お母さんときゅうりとナスの馬作った気がする」
「きゅうりもナスも買ってあるぞ? ちなみに、ナスの方が馬じゃなくて牛らしいけどね」
「そうなんだ」

 ほどほどに燃えたのを確認して、俺は『迎え火』を消すと、妹と一緒に家に入った。

「……私も作る」
「お前、霊とか信じないんじゃなかったのか?」
「……お兄ちゃんだって、霊とか信じないタイプじゃん? それに、お父さんのこと、たまにはちゃんと迎えてあげなきゃかなって……形的にも? まぁどうせ、いないんだけどさ」

 照れ隠しなのか、それとも本気なのか分からないようなことをいって、そっぽを向く妹と一緒に、きゅうりとナスを使って馬と牛を作る。
 せっかくなので、割り箸を指すだけの雑な作りではなく、包丁や彫刻刀を使って、結構ガチに作ってみた。

「お兄ちゃんのそういうとこ、マジで理解不能だよね」
「そうか? 折角なら、ちゃんとしたものを作りたいじゃないか?」
「いや、そこまでガチリアルな馬と牛の野菜、私初めて見たんですけど……」

 ガチ過ぎて、妹が若干引いているようだが、気にしない。
 こういうのは、気持ちの問題のはずだしな。

「あとは、なにするの?」
「……んー……鬼灯も飾ったし、得にはないかな?」
「……そか、結構簡単なんだね、お盆って」
「まぁな……あ、でも明日は母さんと三人でお墓参りな」
「はーい」

 俺の作ったきゅうりの馬とナスの牛を指先でつついて、妹は少しだけ楽しそうなそう返事をした。

「お父さん、来てるのかな?」
「さぁな? 信じてないんじゃなかったのか?」
「こういうのは、気持ちの問題だって言ったの、お兄ちゃんじゃん!」
「悪い悪い……来てるよ、きっと」
「そっか。……お母さんはいつ帰ってくるって?」
「えーと、確か、今日の夜だな。今が夕方だから、そろそろかも知れないぞ?」
「じゃ、その前に私はシャワー浴びちゃおうかな?」
「俺は、ささっと夕飯作るか? ん? 母さんからLINE来てる……おお、喜べ妹よ。今日は出前寿司だぞ? 母さんの指令だ」
「おぉ!!」

 久々に、家族が全員揃うようだ。
 妹ではないが、きっと父さんもここに来ていることだろう。
 いつも忙しい母さんも、一生懸命仕事を終えて、急いで帰って来てくれるらしい。

「私に霊感があったら、お父さんに会えるのかな?」
「かもな」
「それなら、ちょっとだけ、お話してみたいな」
「……そうだな」

 物心つく前に父が死んでしまった妹には、父との記憶が全くない。
 だからかも知れない。
 いつもは、こういう面倒な行事に否定的な妹が、こうして協力してくれたのは。

「きっと父さんもお前のことを見て、でっかくなったってびっくりしてるさ」
「……これからお風呂に入る娘をガン見っていうのは、嫌だなぁ……」
「あはは、違いない」

 明日の墓参りでは、きちんと父さんに色々報告してやろう。
 そんな風に思いながら、俺は出前の寿司を電話で注文するべく、携帯を手に出前寿司の電話番号が書かれたいつものチラシを探すのだった。
 

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