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【短編】ナイス・バディ。【今日は何の日 : 0708 ナイスバディの日】

 私は、激怒した。

 平成最後の一年がとうとう半分を超えて数日。
 暑さも本番となってきて、まさに『平成最後の夏』といった7月8日、日曜日。
 昨日久々に返ってきたお母さんはゆっくりできるのかと思っていたら、朝一で撮影があると出かけて行った。
 そして、お兄ちゃんも用事があるとかで出かけて行った。
 せっかくの日曜日なのに。
 でもまぁ、そこまでなら許せる。
 激怒するには至らない。
 せっかくの日曜日なのは、お兄ちゃんも一緒なのだ。
 私だって、お兄ちゃんにはそのたまの休日を、友人と楽しく過ごして欲しい。
 だから、むしろ、こうして朝からお兄ちゃんが出かけてくれたことに関しては喜ばしいことだった。
 でも、でもだ。

「うわぁ! この前の会社でやったカレーパーティーのときにも思ったけど、君の妹さんってすっごい可愛いよね!!」

 なにも、家に彼女を連れてくることはないと思うのだ!

「こんにちは、私はお兄さんの会社の同僚で、シャオリンっていうの。よろしくね!」

 そもそも、お兄ちゃんに彼女がいたことも知らなかった。
 私のこと『可愛い』とか言ってるけど、自分の方がよっぽど可愛いでしょうに……。
 しゃこーじれーっていうやつだろうけど。

「ごめんな、シャオさんにちょっと頼みごとする代わりに、夕飯をご馳走する話になっちゃってさ……」
「べ、別にいいよ! うん! お、お兄ちゃんにもいろいろ都合があるだろうし! わ、私はお部屋で勉強してるから!!」

 出かけたお兄ちゃんが帰ってきたと思ったら、あんな可愛い、しかもバインバインのナイスバディの女の人を連れてくるなんて……。
 今まで、そんな素振り全然なかったけど、あの距離感、あの雰囲気、どう考えても彼女だとしか思えない。
 ほら、また腕に抱きついて!
 お兄ちゃんも鼻の下伸ばしてるし!!
 おっぱいか! おっぱいがいいのか!!

 確かに、7月8日は『ナイスバディの日』らしい。
 そういえばと思ってさっき調べて見て、これが一番ないと思っていたけれど、まさか、このタイミングで自分の『ナイスバディ』の彼女を紹介しようとは……お兄ちゃんもとんちが効いたことをしてくれる……。
 
 お兄ちゃんの幸福は嬉しい。
 ずっと彼女がいなかったので、こうして彼女ができた……もしくは、前から付き合っていたけれど、やっと家族に紹介できるところまでこぎ着けたのであれば、それはつまり、彼女以上の関係に進展が望めるのかも知れない……つ、つまり? け、結婚とか?

 私は、ベッドに飛び込んで、暑いのも気にせずに布団をかぶる。
 指先がチリチリするし、口の中はカラカラだし、目の奥が熱くなる。
 胸が締め付けられるように苦しい……
 先週見た、知り合いの結婚式……あれをお兄ちゃんがやるって思うと、嬉しいけど、すごく嬉しいけど……

「うえぇ……悲しいよぉ……ぐす……」

 祝福したい気持ちと、お兄ちゃんを失う喪失感で頭がぐちゃぐちゃになる。
 
 そして、いろいろな思いが頭を巡って、最終的には結局、この感情に落ち着くのだった。

「ずっと黙ってたなんて、酷くない? しかも、わざわざ、今日の『ナイスバディの日』に合わせて、サプライズで紹介とか……当てつけか!!」

 私は、激怒しているのだった。

「ありゃりゃ、妹さんご機嫌斜め?」
「いや、どうだろう? いつもあんな感じだけどな」
「……こりゃ、妹さんは苦労するわ。前から分かってた事だけどさ……」

 あの様子だと、間違いなく彼の妹さんは誤解しているだろうな。
 私はそう思って溜息を吐く。
 本当に彼は、なんというか鈍い。
 まぁ、実の妹からの愛情なんて、それこそ、彼みたいなタイプは想定の範囲外のシュチュエーションなのだろう。
 でも、同じ女として、そして、彼に対して好感を持っている人間としてよくよく観察すれば、妹さんの彼に向ける視線に、家族愛とは別ベクトルの想いがのっているだろうことは察することは出来る。
 正直、いまどき珍しいものでもないと思うしね。
 シスコン、ブラコンって昔ほど『禁忌』って感じじゃなくなっているのだ。
 同性愛や、人以外を愛するなんていうのもあるくらいだし?
 少なくとも、私はアリだと思っている。

「どういうことです?」
「とりあえず、君は今すぐ階段を上がって、妹さんに私との関係をキチンと説明してくること!」
「いや、同僚だって説明しましたけど?」
「そうじゃなくてね……はぁ、鈍いんだか何なんだかね? 妹さん、間違いなく私を君の彼女だと誤解してたよ? それは、私としても困るのよ。一応、人妻だし?」
「えぇ……マジすか?」
「マジ。私の女の勘は当たるのよ? 知ってるでしょ?」

 これまで、私の『女の勘』に何度か助けられている彼は、それだけでこくりと頷いて、階段を駆け上がっていった。

 今日、私がここに来たのは、彼に『中国茶の美味しい入れ方を教えて欲しい』と頼まれたからだ。
 名前からも分かる通り、私は中国人の母と日本人の父の間に生まれたハーフだ。
 そして、母は中国茶を扱うブランドの役員をやっている。
 それもあって、私もよく、中国茶を好んで飲んでいるのだが、以前、なにかのイベントのとき、私が淹れた中国茶の味を彼が覚えていて、今朝突然『教えて欲しい』と頼んできたのだ。
 事情を聞けば、なんでもここ最近、妹さんと『今日は何の日』というネタでふざけ合っていて、今日が『中国茶の日』だから、美味しい中国茶を淹れて驚かせたい……のだそうだ。

「天然の彼は、多分悪意なく、あと、純粋に妹さんが可愛くてやってるんだろうけど……妹さんからしたら、これだから辞められないんだろうなぁ……羨ましいやら、可哀想やら……」

 私も、ずいぶん前は彼に熱を上げている時期があった。
 だって彼、本当に優良物件なのだ。
 仕事もできる。料理もできる。気遣いもできる。身も硬いし、本当に優しい。
 そして、妹さんがあんなに可愛いのだから当然だが、正直かなり顔もいい。
 そんな男が、素で、あんな風にサプライズとかしてきたり、仕事でピンチになれば、颯爽と現れて助けてくれるのだ。
 ……いや、本当にズルい。

「……でも、破滅的に鈍いんだよなぁ……」

 結局、数年前に私が、決死の覚悟でした告白は、彼には『告白』として届かず、しまいには、

『シャオさんは本当に、異性なのになんかそんな感じがしないというか……親友になれそうです』

 とか、一生お友達宣告をされたっけ……。
 そして、失意の私を癒してくれたのが、当時の後輩で、今の旦那……というわけだ。
 確かに、今でも彼のことは好きだが、もはや私の方も、友人としての好きになっている。

 だから、会社のカレーパーティーの日、必死になる彼と、その彼を熱い視線で見つめる妹さんを見たとき、応援したくなったのだ。
 だからって繋ぐのは、ちょっと変な気もするが、なんというか、あの、真っ直ぐな妹さんの視線を、応援したくなったのだ。
 だって、彼、バカだから。というか、鈍すぎるから……。
『一生友達宣告』程度で諦めてしまった私なんかより、よっぽどシンドい茨の道を、多分誰よりも長く歩き続けている彼女を、私は応援したいのだと思う。

「絶対、苦労するけどねぇ……」

 でも、ちょっと見てみたい気もする。
『可愛い妹』だと思っていた、女の子が、彼の中で『可愛い女の子』になってしまう、そんな瞬間の、あのニブチンの顔を。

「もう! てっきり彼女かと思っちゃったじゃん!! でも、そっか、そうだよね。あんなに可愛くて、ナイスバディな人が、お兄ちゃんなんか相手にしてくれる訳ないよね? あははは!」
「お前が勝手に勘違いしたくせに、なんで俺がそんな風に言われなきゃならんのだ!!」

 楽しそうな声が階段から聴こえてくる。
 本当に、もう、付き合ってしまえばいいのに……と思うくらいに仲睦まじい兄妹だ。

「それにしても、なんだよその『ナイズバディ』って? 古くないか?」
「古いとか、お兄ちゃんには言われたくないんですけど!?」
「いや、お前感性古いじゃん? 時代劇好きじゃん?」
「はぁ!? 時代劇馬鹿にすんなし!!」

 仲良く乳繰り合いながらリビングにやってくる二人を横目に、スマホで『今日は何の日』を調べてみると、案の定『ナイスバディの日』というのが見つかった。

 なんでも、パーソナルトレーナー、トータルダイエットカウンセラーの大西ひとみなる人物が制定したらしい。
『ナ(7)イス バ(8)ディー』という語呂合わせだとか……無理くりすぎるでしょ。
 制定の意図から察すると、スタイルに関する記念日なようだが、私は目の前の二人を見て、こちらの方が相応しいと思ったので、今後は毎年7月8日は『ナイス・バディ(相棒)の日』として、心のカレンダーに記録して、この二人を何かにつけて呼び出して、一緒に連れ回そうと心に決めたのだった。

 さて、中国茶の美味しい淹れ方を伝授して、見返りに美味しい彼の中華料理をいただくとするか。
 ついでに、これを気に妹さんと連絡先を交換して、今度駅前にできた、おいしいケーキ屋さんにご招待し、お近づきになるとしますかね。

 そんなことを企みながら、若干まだ警戒気味の視線を私に向けてくる妹さんに笑顔で手を振る私だった。


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