見出し画像

Roll Tide

 カナダのモントリオールで開かれる学会に出席するため、ノースカロライナ州シャーロットの空港で飛行機に乗ったときのことである。iPadで読書していると、突然斜め前に座った人に話しかけられた。とっさのことで聞き取れず、顔を上げた。すると、その人は笑顔で"Roll Tide"と繰り返した。アラバマ大学で頻繁に耳にしてきた言葉だ。iPadの裏に貼ってある大学のステッカーを見つけて関係者とわかり、声をかけてきたのだろう。
 無事モントリオールに到着し、学会の合間を縫ってノートルダム・バジリカで行われるコンサートに出かけた。トイレの列に並んでいると、後から来た人が声を掛けてきた。どこからきたのかと聞かれてアラバマからだと答えると、"Are you kidding me? My grandchild goes to the University of Alabama"(冗談でしょ、孫がアラバマ大学に行っているんです)と返ってきた。I study at the university of Alabama too"(私もアラバマ大学に行っています)と言うと、わけしり顔で"Roll Tide"と返してきた。

モントリオールのノートルダム・バジリカで開かれたモーツァルトのレクイエムの演奏会。アラバマから遠く離れたモントリオールの、しかもフットボールとはあまり関係のないコンサートで”Roll Tide"を耳にするとは思わなかった

 "Roll Tide"は、アラバマでの生活を始めて以来何度も耳にした言葉だ。ただ、はっきりと意味を定めるのは難しい。文脈によって様々な意味にとれる。フットボール場で重要な場面で応援の言葉として使われることもあれば、タッチダウンが決まった時の祝福の言葉として使われることもある。フットボールの試合の日には挨拶がわりにも使われる。アラバマ大学のTシャツを来た人同士が"Roll Tide"と声をかけ合う。フットボールとは関係のない場面でも使われる。スピーチはほぼ例外なく"Roll Tide"られる。
 この言葉が使われるのは学内に限らない。大学と地域の繋がりを作るため、毎年コミュニティ・エンゲージメントツアーなるものが開催されている。3日間で州内の9つのカウンティを周り、各地域が抱えている課題を聞き取り、大学としてどのような支援を行えるかを考える。これに参加したときも、各地で"Roll Tide"の言葉で迎えられた。
 あまりに様々な場面で使われるので、タスカルーサに50年以上住む友人に一体どうゆう意味なのかと尋ねてみた。"It can mean "Hello," "How are you?," or "I know Alabama!"(「ハロー」にもなるし「こんにちは」にもなるし「アラバマのこと知ってるよ!」にもなる。)知り合い同士で使えば挨拶の言葉になるし、初対面の人に対して使えば自分がアラバマ大学について一定の知識を持っていること示す言葉になる。というのも、Roll Tideは、まさにアラバマ大学と密接に関係したところで誕生した言い回しだからである。
 この言葉の語源や意味は多くの人の関心事のようで、アラバマ大学の学生新聞Crimson Whiteが特集記事を載せたことがある。それによると、元々フットボールの応援から生まれた言葉だという。アラバマ大学のフットボールチームの愛称はCrimson Tide(クリムゾンタイド)という。"Roll, Crimson Tide!"(行け、クリムソンタイド!)が縮まって"Roll Tide!"となったという説が有力だ。しかし、元々フットボール場で使われていた言葉がいかにしてその外側でも使われるようになったのかについては定説がない。
 この記事は"Roll Tide"という言葉について、興味深い見解を紹介している。アラバマ大学英語学科で言語学を教えているキャスリーン・エヴァンズ・デイヴィスによると、「実際に"Roll Tide"という言葉を使っている人も、それをいろいろな場面でどう言い換えられるかはよくわからないのではないか。それでも、この言葉はそれを使う人がアラバマ大学のフットボールに関わるコミュニティに帰属意識を持っていることを示している」。シャーロットとモントリオールでの経験は、アラバマ大学におけるフットボールの存在感の大きさを改めて教えてくれた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?