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sophisticated

 sophisticatedという単語に初めて出会ったのは、たぶん、高校時代に学校で買わされた英単語帳でのことだ。それ以来、「洗練された」というポジティブな意味で記憶していた。ところが、実際にはネガティブな意味で使われることもある。それに気づいてたのはTwitterを見ていたときのことだ。民主党のニューヨーク選出下院議員アレクサンドラ・オカシオ・コルテスが次のようにツイートした。

Union busting is a sophisticated & lucrative business. It specializes in the psychology of getting you to doubt yourself and your peers. Don't fall for it!
(組合潰しはソフィスティケイテッドで、身入りのいい商売です。労働者に自分自身と同僚に対する疑念を抱かせる心理術に長けています。騙されてはいけません!)

https://x.com/AOC/status/1455655624205864966?s=20

sophisticatedがネガティブな意味で用いられているのは明らかだが、どう訳したらいいだろう。「洗練されていて」と訳しても嫌味として読めるかもしれないが、もっと良い方法があるはずだ。
 例によって『オクスフォード英語辞典』にご登場願おう。まず、ポジティブな意味でこの単語が使われ出したのはかなり最近のことであることがわかる。「人に関して:未熟さを免れている、経験がある、世知に長けた、洗練された、教養のある;話題や仕事の複雑さに気がついている、通じている」という意味の最古の用例は1895年だ。元々はsophisticateという動詞の過去分詞形で、それが形容詞として使われるようになった。この動詞は「(商品に)何か異質なものや劣ったものを混ぜる;左の方法で不純にさせる;混ぜ物をする」というのが原義だ。15世紀初頭から使われ始めたようだ。その過去分詞が17世紀初頭に形容詞に転化して、「異質なものが混ざった、混ぜ物をした、不純な、本物でない」という意味で使われるようになった。つまり、この言葉は元々ネガティブな意味を持っていたのだ。自然な状態に手を加えるのが否定的なことと捉えられていたのが、逆に肯定的な意味を帯びるようになるのが興味深い。
 翻訳家の青山南さんもエッセイ集『ピーターとペーターの狭間で』で、この単語に触れている。青山さんも、この単語が肯定的な意味と否定的な意味の両方を併せ持つことを問題にしている。言われてみれば明らかだが、この単語にはソクラテスの批判の的になった「ソフィスト」が隠れている。「sophisticateの語源はsophistと呼ばれた大昔の一部のギリシャ人たちで、こいつらが問題児だったおかげで、sophisticateが厄介な言葉になってしまった」そうだ。
 語源はわかったので現代の辞書も見てみよう。アメリカ英語の標準的な辞書、Meriam-Websterのウェブ版は形容詞sophisticatedには中立的あるいは肯定的な語義を与えている。いまではアメリカでも肯定的な意味が優勢なのだろう。動詞sophisticateに行ってみると事態は変わる。「1:欺瞞的な方法で変える、特に混ぜ物をする。2:真性さ、自然さ、単純さを奪う、特に純朴さを奪い世慣れさせる。3:ややこしくあるいは複雑にさせる。」ここにはまだ当初の否定的な意味が残っている。例えば1の意味なら、"The bread was sophisticated with alum"(そのパンにはミョウバンが混ぜられていた)というふうに使えるだろう。
 以上を踏まえて、コルテスのツイートのsophisticatedを「巧妙な」と訳してみたい。「組合潰しは巧妙で、身入りのいい商売です。労働者に自分自身と同僚に対する疑念を抱かせる心理術に長けています。騙されてはいけません!」全体の趣旨にもはまる訳語だと思う。

ワシントンD.C.の連邦議会議事堂。sophisticatedは政治家を形容する語彙のひとつだ。肯定的にも否定的にも使われる




 

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