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人間の条件 母の誤謬シリーズ「巣」について 劇作家・演出家・俳優 樽見啓さんへの公開書簡(書き手:重信臣聡)

拝啓 樽見 啓様
初めまして、劇作家の重信臣聡と申します。
主宰のZR氏から劇を観て何か文章を書いて欲しいと頼まれました。 感想でも劇評でも形式は問わないということでしたので、今回は樽見さんに宛てた手紙という形で文章を書こうと思います。

人間の条件 母の誤謬シリーズ「巣」拝見しました。
小劇場ではほぼお目にかかることがないくらい非常に完成度の高い演劇作品だったと思います。三年後、東京芸術劇場でこの作品が上演されていても私は驚きません。


冒頭と最後の真実か嘘かわからないモノローグ、シミュレーションという体裁の劇中劇、人物の登退場、その関係性の変化、小道具によるアクティングエリアの制限、どれも非常に効果的です。何より特筆すべきは、あなたが観客の興味や集中力を持続させる術を備えているということです。その根底には演劇の仕組みに対する深い理解あるいは鋭敏な肌感覚が窺えます。

一方で完成度の高さの裏には冒険心の欠如が潜んでいるかもしれないということを忘れてはいけません。

「巣」という作品からは、慎重さ、相手の望みを察知し叶える知的な意味でのスマートさ、傷つけることを徹底して避けようとする優しさを感じます。 
劇中で何度も繰り返されるシミュレーションは失敗を避けようとする無意識の現れのようにも思えます。
しかし、失敗を過剰に避けようとすれば何もしないことが正解になりかねません。

最後に、あなたもすでに気づいているでしょうが今が人生の決断の時です。
演劇をすることが最良のことかどうかはわかりません。
映像であれ、小説であれ、なんであれ、次回作を楽しみにしています。
自分の身近な六畳一間《巣》から飛び立ち冒険に出るあなたの旅の幸運を祈ります。


樽見 啓さんの御両親へ
ご子息の三度の留年、心痛お察し申し上げます。
勘当に至った御決断、非常に正しいものと思います。
しかし、演劇人として一点だけお伝えしておかなければならないことが御座います。
彼の習得した物語を作る能力は一朝一夕に習得できるものではありません。
この能力は過去の名作を気の遠くなるほど浴びた末に得られるものです。
ですので彼は大学在学中に全く何もしていなかった訳ではありません。
カリキュラムとは別の何かを学んでいたのです。 ご子息は書く人です。
あまりに冷たく扱うとそれも書かれるかもしれません。
テネシーウィリアムズがその代表例です。
どうかご子息を暖かく見守っていただければと思います。


敬具 
2022年3月18日 
劇作家 重信臣聡

(画像・6D)


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