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真の女が貴女をマットに打ち据える「ダンガル」


(承前)


ようこそいらっしゃいました。わたくしは日々大量のテキストを執筆していますが誰にも読ませるつもりはありません。今回わたくしが紹介するのは、この2018年のゴールデンウイークに貴女が鑑賞すべき唯一の映画「ダンガル」です。

ただし、わたくしが紹介に入る前に一言断っておくことがあります。


公式サイトのリンクを貼るつもりはありません


この記事の冒頭に掲げた画像を今一度よく御覧なさい。「ダンガル」という偉大な作品の本来の色調は冒頭画像のようなシリアスかつ重厚なものであり、何一つとしてチープでキッチュな要素など入り込む余地がないものです。冒頭画像を見ただけで、「ダンガル」が画面の色調、構図、ライティングといった画面構成の諸要素を計算し尽し、カットの一つ一つ、そこに映し出される登場人物の表情と目線が無言でキャラクターの関係性とストーリーを物語って余りある、真の女のための真の映画であることを貴女は理解するでしょう。

ところが、悲しいことに極東の島国国家においては映画配給の権利は芸能界と呼ばれる旧態依然とした阿呆共とファッション腐女子の巣窟であるウェイランド湯谷に握られているため、真の女の真の映画を前にした阿呆共とファッション腐女子は当然のごとく怖気づき、「ダンガル」の公式サイトや予告編をどうしようもなく醜く仕立て上げることで、本能的に「ダンガル」から観客を遠ざけようとします。

ですから、「ダンガル」に興味を示した貴女は、たとえ上映激情を調べようと思っただけであっても、自己責任で公式サイトを検索・閲覧するという試練に挑まねばならないのです。

公式サイトを目撃する貴女の感情を想像するのはそう難しいことではありません……作品の冒涜を狙ったとしか思えない有名人応援コメント、意図的に明度や彩度をいじってチープに改悪した画像、ウェブ黎明期のパロディとしても今時使用されないけばけばしい原色フォントやマウスオーバーで痙攣するアイコン……驚き、呆れ、そして自らの内から湧き上がる憤怒に身を震わせた貴女が上映激情を調べるという本来の目的を忘れてすぐさまブラウザを閉じジャンプスーツを着込みバンダナを巻いてブレイズオブケオスを両手に装備した戦神フランシス・マクドーマンドの化身となってエビング警察に擬態したウェイランド湯谷配給会社の焼き討ちに赴こうとするのも無理のないことです。

ですが貴女の暴走を制止するため自らの危険も顧みず貴女の前に立ちふさがる勇敢なティリオンラニスターが貴女のそばにいるのであれば話は別ですが、そうでなければ貴女が自らファッション腐女子に堕する過ちを避けるためにもわたくしのアドバイスをきちんと聞くようになさい。

いいですか、ウェイランド湯谷がこういった醜悪な映画プロモーションに及ぶのは、会社内部での身内のかばい合いが何よりも重要な官僚主義が蔓延しておりいくら世間から批判されようと有料解説パンフすら制作していないくせに「そうは言ったって、ぼくもじぶんなりにがんばったんだから!」といった的外れな苦労自慢がいい年こいても対外的に通用すると信じ込んでいる哀れで幼稚な阿呆共の集団にすぎないからであり、そういった組織の存在を消したところで第二第三のエビング警察が登場するだけだということをちゃんと肝に銘じることです。貴女がなすべきは、自らのアンガーをマネージメントし焼き討ち衝動を抑えた上で、個々のエビング警察ではなく、エビング警察のごとき配給会社の存続を許している抑圧のシステムそのものに挑むことです。

だから貴女は、「ダンガル」がファミリーほのぼの要素を強調したスポ根であるとか、出演俳優の一部が共通するだけで何の関係もない過去のヒット作を連想させる副題を配給会社が勝手に付けるといった手段によって「ダンガル」を狭いジャンル映画としてのマニア向けの「インド映画」であるなどと思いこませようとする欺瞞のプロモーションに騙されることなく、真の女の戦いを通じて抑圧のシステムに挑む真の女の中の女の映画「ダンガル」を鑑賞し学ばねばなりません。

ちなみに、予告編ではむやみに「ロンドンオリンピック」が強調されていますが、作中のキャラクターがロンドンオリンピックに出場する場面は一切ありません


真の女たちがマットの上で激突します


真の女のための真の映画の常として、「ダンガル」もまた、鑑賞前の予備知識は一切不要です。大体、作中では「ダンガル」という言葉が一体何を意味するのかは全く明かされず、「ダンガル」はただ「ダンガル」であると理解するほかないのです。「ダンガル」は、その比類なき映画筋力のパワーで観客にエビぞりのバックドロップを容赦なく叩き込み徹底的に分からせる作品、要するに狭いジャンルや「インド」という枠組みが一切無意味な普遍的作品であり、地球全体の観客に鑑賞する義務がある作品だということを忘れてはなりません。少しでも映画製作に関わる者は「ダンガル」の前人未踏の域に達した映画筋力に震えあがることでしょう。

もし貴女がなおも予備知識の紹介をこのわたくしに要求するというのであれば、貴女は自らの過ちを自覚してきちんと反省する必要があります。仮に予備知識を紹介するなら、たとえば、主要登場人物は父、長女、次女、そして狂言回しの阿呆です。そんなことは映画を鑑賞すれば一発で分かることであり、それすら理解するためにはいちいち事前に登場人物紹介が必要であるとすれば貴女は救いがたいファッション腐女子というほかないでしょう。だから予備知識は不要だと言っているのです。よろしいですね?

ですから真の女の真の映画を前にしては予備知識を仕入れることなど時間の無駄でしかないということをよくよく心得ておくことです。特に貴女が鑑賞前にレスリングのルールを把握するため公式サイトのどうしようもなくダサい動画をいちいちチェックしようとしているのであれば、貴女は「ダンガル」を鑑賞するためにはレスリング知識が必要だと思い込ませて鑑賞のハードルを上げようとするウェイランド湯谷の策謀に踊らされた完全なファッション腐女子の振る舞いに陥っています。このわたくしの前にひれ伏して深く反省なさい。

「ダンガル」がその映画筋力をもって貴女を徹底的に分からせるというこのわたくしの言葉に疑いをもってはなりません。考えに考え抜かれた脚本、構成、編集、そして出演者たちの迫真の演技は、贅肉のごとき余分な説明など一切なしに青年時代の父の希望と挫折、壮年となった父の焦燥と怒りと狂気にも似た執念、そして老境に差し掛かった父の寂寥といった登場人物たちの性格と感情を観客に伝え、真の女であったはずの長女がファッション腐女子に堕する間一髪で長女を救う父との電話シークエンスは、ほとんど会話らしい会話すら行われないにもかかわらず、父の目線の動きと細やかな表情だけで、父娘の間の真の絆と、父が真の女が好む真の父へと覚醒するドラマチックな瞬間を表現します。

そのような真の女の真の映画に備わった映画筋力が存分に発揮された結果、レスリングに関する興味も知識もない観客にもいつの間にかレスリングのルールと見どころが完全に叩き込まれることで、観客は「ダンガル」のクライマックスである真の女たちの激突三番勝負に手に汗握ることになるのです。


黒髪ショートのパワーを称えなさい


わたくしの語る戒めに従った結果、真の女である貴女は「ダンガル」鑑賞前には、レスリングについて、レスラーがもみ合っているうちにいつの間にかポイントが入っている地味な競技という印象しかもっていないはずです。そして、貴女がクライマックスで目撃するのはフィクション的な動作の誇張どころかスローモーションをはじめとする強調演出すらほとんど排除された、一見地味そのものの格闘シーンです。にもかかわらず、ほとんどマットの上で激突する真の女たちの一挙手一投足を丁寧にスクリーンに映し出すカメラワークのみをもって、「ダンガル」は興奮と迫真のストーリーを貴女に伝え、貴女の目をスクリーンに釘付けにするのです。「阿呆を殴ってぶちのめせば勝ち」といった分かりやすいRULEがあるボクシングなどではなく、レスリングであるにもかかわらずです。「ダンガル」の映画筋力は奇跡的なレベルに達しており、格闘技をモチーフとした映画のハードルを一気に引き上げる史上最高峰の傑作です

このように「ダンガル」は奇跡であり、そのため、単体でも途轍もない見どころであるレスリングシークエンスで行われる真の女たちの戦いが同時にマットの上の真の女とマットの外の家族との絆のストーリーすら無言で物語っているという二重三重のストーリーがマット状で同時に展開します。そしてついにもたらされる家族の勝利……それは黒髪ショートによりもたらされたのです。

世界の晴れ舞台で戦う長女は真の女ですが、戦う相手もまた鍛え上げた紛れもない真の女です。その勝負を分けるポイントはどこか・・・・それが来る髪ショートであることを貴女に分からせる映画が「ダンガル」であると言えるでしょう。黒髪ショートこそは家族のきずなの象徴であり、額を眉まで完全に隠す中途半端に染めたロングヘアに加えて顔を過剰に白塗りして不自然に赤いリップを塗るがごときファッション腐女子特有の量産型抜け感唇スタイルとは全く異なり、目と眉が形作る不敵な表情を臆することなくさらけ出し社会に叩きつける黒髪ショートこそが真の女の中の女のヘアスタイルであることを、真の女である貴女は一発で理解することでしょう・・・・黒髪ショートとなり真の女の中の女として覚醒して世界の晴れ舞台に姿を現すその瞬間、長女はあまりにも美しくそして強い、神のごときオーラを全身から放って貴女にそれを分からせるのです。

ここまで紹介すればもう充分ではないでしょうか。貴女は今すぐ黒髪ショートの破壊的なまでのパワーを学ぶために「ダンガル」を鑑賞する必要があります。そして歓喜の瞬間を共有することで貴女も手に入れて、抑圧のシステムに抗い、前進するのです・・・・・真の女が貴女を待つ、果てしない黒髪ショートの地平へと・・・・