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前橋汀子〜ヴァイオリンとカチューシャと〜

前橋先生のこと

僕が前橋先生のヴァイオリンを初めて聴いたのは、意外と遅く、3年前のことだった。
というのも、ヴァイオリンが好きでありながら、前橋先生のことはほとんど存じ上げなかったからだ。
そんな馬鹿な僕に先生の偉大さを知るきっかけを与えてくださったのが、同じくヴァイオリニストの農頭奈緒先生。そう、僕にヴァイオリンの奏法を教えてくれた先生。
農頭先生は前橋先生に師事された素晴らしいヴァイオリニスト。先日、兵庫県立美術館でのコンサートに行って「やっぱ先生、上手いっすね!」と言うと苦笑いされていた。もののけ姫の、かの有名な「黙れ小僧!」と言ったところだろうか。
(ということで、僕は勝手に前橋先生の孫弟子だと思っている…笑)
3年前、前橋先生がバッハの無伴奏を全曲演奏されるという半ば無謀なコンサートがあった。
僕はスケジュール的にも難しかったので迷っていた。その時に農頭先生に電話をして、「先生、前橋先生のバッハ、行ったほうがいいですか。」と尋ねると、「はい。行ったほうがいいです。」と即答されたので、僕もその場で即決。
コンサート前日が大変なスケジュールで、あまり睡眠時間も取れなかったので「眠眠打破」を飲んでコンサートに臨んだことを今でもはっきり覚えている。
僕が前橋先生の偉大さを知り、ファンになったのはそんな経緯がある。
農頭先生、ありがとうございます。

前橋汀子、更なる境地

3年前、バッハを聴いたのは大阪のザ・シンフォニーホール。
今回も同じホールだった。
3年前とは違って、立派な高い並木が伐採されてしまったのが残念だけれど、それでも相変わらず心地良い。

シンフォニーホール前の現在の並木道

中に入ると、綺麗なスタンド花が贈られていた。
コロナ禍になって、アーティストにお花を届けられないのがもどかしい。

とっても綺麗


今回のコンサートの目玉はなんといってもベートーヴェンが創り出した最高のヴァイオリンソナタ、「クロイツェル」。皆さんにとっても、そうだったはず。
「クロイツェル」は僕の大好きな曲で中学生のときによく聴いていた。
有名な曲だけれど、僕の運が悪いのか、あまりコンサートで聴く機会に恵まれない。
最後に聴いたのは2018年のイツァーク・パールマンだったから(凄いでしょ!笑 一生涯の誇りです。)、それ以来のこと。
前橋先生の「クロイツェル」が聴けるのは贅沢。
そういえば、今年の2月にヒラリー・ハーンの「クロイツェル」を兵庫県立芸術文化センターで聴く予定でチケットも取ってあったけど、昨今の情勢で来日が不可になりお蔵入りになった。聴きたかったなあ。

そして、「クロイツェル」意外には「タイスの瞑想曲」や「ツィゴイネルワイゼン」など、小品が中心になったプログラムだった。
これはもちろん、前橋先生の強い意志があってのもの。先生は、近年、小品(しょうひん。クラシックの曲は一曲が20〜50分ととても長いけど、小品は10分に満たないので歌のように聴きやすい。)が軽んじられている傾向に危惧を覚えていらっしゃるとのことらしい。
僕も小品が好きだから、前橋先生がそんな試みを行ってくださって感激。

僕は2階席前方中央あたりから、先生の出番を待ち構える。
先生、まだまだお元気で颯爽とステージに登場する。
暖色の鮮やかなドレスに黒いヘアカチューシャをお召しになっている。
なんだか少女のようで、先生のヴァイオリンの凄さはそこにある。
夢があるから、目標があるからいつまでも少女のようなのだ。僕はそう信じている。

曲終わりに弓を落としそうになって、サッとキャッチしたり、ミュートをピアノの上に置こうとして落としてしまい、舌のペロッと出して少し照れ臭そうに笑って見せたりする。それにこちらもクスッとしてしまう。
音色は至って艶やか。
年齢なんてどうでもいいのだけれど、正直なところ前橋先生の年齢層であれだけヴァイオリンが弾ける方がどれだけいることだろうか。
おそらく、世界的にも珍しいと思う。
そこがやっぱり、「前橋汀子」なのである。

そして、アンコールの時間。
先生が客席に向かってマイクを通さず曲名を言う。


「ドビュッシーの『亜麻色の髪の乙女』」

やった!!!
大好きな曲!!!
思わず前のめりになって拍手をした。
伴奏のピアニスト、ヴァハン・マルディロシアンは先生のヴァイオリンと驚くほど調和している。
譜めくりの方が譜面をめくるたびに優しく頷いている。あんなに心の優しいピアニストを拝見するの、初めてかもしれない。

アンコールの最後はフランクのヴァイオリンソナタから第3,4楽章。
先日、農頭先生がフランクのヴァイオリンソナタを弾いたばかりで、さすが師弟だなと思った。

コンサートの間、「この時間がいつまでも続けばいいのに。」と、そんなことばかり考えていた。
でも、コンサートはやっぱり終わっちゃう。
あたりまえ、あたりまえ、あたりまえ体操。

前橋先生のヴァイオリンはいつも前向き。
黒いカチューシャみたいに。

皆さんもぜひ足をお運びください。

おまけに

シンフォニーホール近辺といえば、やっぱり僕にとっては故・村山聖先生だ。
6/12も村山先生の住まわれた前田アパートの前を通った。

僕はいつも通りお辞儀をする。
アパート前の浦江公園では子どもたちが無邪気遊んでいて、鳩が陽に当たって気持ちよさそう。

村山先生、昨日、6/16に羽生先生が通算1500勝を関西将棋会館で達成されましたよ。しかもお相手は山崎先生です。村山先生はどんなふうに思われたんでしょう。
「さすが羽生さんや。」
それとも
「山崎くん、そんな将棋指したらあかん。」


2022年6月17日 深夜の高速バスにて。
白木静

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