ポリシーがありまして

「CDはフラゲ日じゃなくてちゃんと発売日に買う」

これは僕のポリシーだ。
理由なんて全くない。なぜだがそうしたい。
強いて理由を挙げるとしたら、なんかズルい気がするから、だ。

3月24日に僕の好きなバンドが新譜を出す。
僕はこの日を首を長くして待っていた。いや、今現在も待っている状況にある。
長くなりすぎた首は家の天井を貫き、雲を抜け、大気圏を突破、国際宇宙ステーションにいる野口聡一さんに僕は先ほど挨拶をした。彼は宇宙食も案外イケるということを教えてくれた。

こんな未踏の体験ができるまで伸びた首を引っ込めて、僕はいま久しぶりにnoteを更新しているわけだが、ここまで首が長くなってしまったのにはそのバンドが好きだから以外にも理由がある。

スペースデブリが僕の頬をかすめてスペース流血(少量)をしたときから遡ること数時間前、僕はポリシーを捻じ曲げる行動をしてしまった。

ネタ合わせが終わり帰路についている最中、僕は、明日が例の新譜の発売日だということを思い出し、自動的に今日がフラゲ日だということも理解した。
ポリシーに則れば買うのはもちろん明日だ。
しかし、明日は一日中ネタ作りに没頭すると決めていた。買っても聴く時間がとれるか分からない。
そして奇しくも今日は、帰ったらやることが本当にない、なかなか稀な日である。
僕は今夜から明日までの過ごし方を考えた。

今日家に帰ってから持て余すであろう暇を優雅な新譜聴きタイム充てる。するとどうだろう。明日への活力もみなぎり、ネタの進み具合もクオリティも段違いに上がるのではないか。

ボノボでも解けるくらい簡単な算数の数式によって弾き出された答えは、僕にレコード屋へ向かえと教えてくれた。
その道中で僕は訳の分からないポリシーに後ろ髪を引かれることもなく、レコード屋へ一直線だった。なぜなら、そのポリシーは訳が分からないからである。僕の後ろ髪を引けるほどの握力があるわけがない。
閉店間際のレコード屋に到着すると、僕のお目当ては入り口からすぐに見える場所に平積みされていた。
僕の鼻息は歩を進めるたびに加速度的に荒くなり、店員のお兄さんは「おかげで埃を掃く手間が省けたよ」と言わんばかりの笑みでこちらを見ていた。

立ち止まった僕の目の前にあるのはLP盤。つまりレコードだ。
僕はあいにくレコードプレーヤーを持っていない。いつか買いたいと思っているだけの男だ。
そんな男の目的の品はもちろんCDである。
平積みされたレコードの傍らへ目線をやると、あるはずのCDが、ない。普通ならここに置くはずだ。それが、ない?なぜ?売り切れの場合は「品切れ中です」と丁寧に書いてくれるお店だ。「品切れ中です」がないのなら、あるということだろう。
ここで僕は店内を一周する。さもレコードをディグりに来たサブカル男のように。そうしてまたLPの元へ戻る。ない。ない?ない???

僕は悟った。
あ、これLPだけ先に店着してるっていうレコード屋の渋いイカしたなんかアレな感じだ。

僕は最寄り駅を通り過ぎ、何駅も跨いでこのレコード屋に来たのだ。
CDなんて大手のCDショップで買ってもいいところを、音楽好きの渋いイカしたなんかアレの感じを出したくて、わざわざレコード屋に来たのだ。
しかも、自分のポリシーを曲げてまで。なのにないなんて。

僕はひどく失望した。その矛先はもちろん自分だった。

訳の分からないポリシーをそのまま掲げて大人しく家系ラーメンでも食べて帰宅すればよかったものを、夜を楽しみたいだかなんだか知らないが定期券区間外にわざわざ飛び出して夜を駆けてこの有り様だ。
訳が分からないとは言え何年も掲げてきたポリシーを捻じ曲げた天罰だと思え。ポリシーは貫いてこそなのだ。

そう、ポリシーは貫いてこそなのだ。いや、そうとも限らない。今の時代、決めつけはよくないらしい。
だが、今日の僕はそれを強く痛感した。
僕のこの背信行為と結果の因果関係は不明だけれど、ポリシーを貫いていたほうが気持ちはいいということは明白だ。
それだけでポリシーは貫いてこそ、と思うし、そういえば、この渋イカもどきの背反行為からさらに数時間前、僕は相方とのネタ合わせでこんなことを話していた。

自分たちを売りやすくするにはある種の型みたいなものを作り出して、その鋳型に流し込むようにネタを量産したほうがいいことは分かるんだけど、俺は一つの型じゃなくていびつでもいいから色んな形のものをやってたほうが楽しいんだよね~。これは売るの大変だろうね~。

これも僕のポリシーの一つだ。訳は分かるが、間違っているかもしれない。
そういう意味ではCDのそれと同じ類だ。
でもこのときは相方を話し合った結果、間違っている(かもしれない)ポリシーだけど、のちにこれが正しかったと言えるようになる工夫はいかようにもあるよね、というポジティブで結んだのだった。(詳しくは企業秘密だ。)

数時間前の自分、良いこと言っていた。
そうだ、ポリシーは貫こう。
そのポリシーが反社会的でない限り、貫いてこそかもしれない。
その先に何かある保証はないけれど、貫く貫かないで言えば貫いて得たもののほうが大きいそうだし、訳が分からないポリシーでもあとから適当に肯定しておけばいい。
貫いて、気持ちよく生きて、渋くてイカしたなんかアレな感じで人生をああだ。

だから僕はもう一度心に決めた。
今度から絶対にフラゲはしない。
理由は「全くない」から「ある」に変わったから。

すると、この一日の我慢だけで新譜の楽しみ度がぐんとアップすることに気が付いた。
小さいながらも早速得たということだ。

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