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[雑記]東京駅から車で40分

うれしかったことは記録して心を健やかに。

半年ぶりに東京に戻った。東京駅に着くといつもは地下鉄で帰るのだけど、こんなご時世だし、トランクもあるし、と思い切って自宅までタクシーで帰ることにした。タクシーに乗る時は、基本的に名のある大きい会社で黒い車種だけを選ぶようにしている。区別しているようで申し訳ないけど、私にとってはちょっとした出費で滅多に乗らないからこそ、その数回を嫌な記憶にしたくない。そのための策。

それで丸の内口のタクシープールで条件に合致しなかった先頭車が入れ替わるまで少し待って、ある会社の黒いバンに乗ることができた。これが結果的に大正解だった。

私は人見知りだし自分からは話しかけないけど、話しかけてくれた人で一度しか会わないと思う時はわりと楽しく話すことができる。数は少ないながらも、新幹線で隣になり「編み物をしているなんて珍しい」と声をかけてくれた年輩の方とは、その方が退職前は新幹線のシートをつくる繊維メーカーの研究職の偉い人だったと聞いてシートの話を聞いたり、仕事終わりの先輩後輩サラリーマン二人組に声をかけられて仕事の話になり専門すぎるからと言われた職種(父の会社にも関係があったので知っていた)について返したら驚かれてビールをもらったりとか、で2時間ずっと話しっ放しだったことはある。旅の恥はかきすてじゃないけど、もうこの瞬間しかないなら楽しい記憶で別れたいという気持ちが働くからだと思う。

タクシーも同じで、話を振ってくれるドライバーさんだと会話を返す時に一度は質問で返すのだけど、元々話し好きな人だったのか一度話を止めてもまた声をかけてくれた。それに返しているうちにつらつらとやり取りが続き始め、そのうちにドライバーさんがこの道50年のベテランさんだったとか、関東一円の道路は高速も抜け道も全部知っているだとか、若い時に先輩から「お客さんに○○行ってと言われたら、パッと道を考えてすぐ走り出せるくらいわかってなきゃいかん!」とすごく厳しく教えられたとか、プロのタクシードライバーならではのあれこれを聞くことができた。お客さんに「こんな抜け道知っててさすがだね」と褒められた時の話は、まるで子どもが「エッヘン!」と胸を張っているような感じで少し声も弾んでいて、本当にこの仕事が好きなことが初対面なのによく伝わってきた。
タクシーに乗って行き先を告げた途端「区域外でわからないので」とナビを使われ始めた時の不安は、(辿り着くためのナビだとはわかっていても)普段都内を車で移動しない人間には正直かなり大きい。だから降りるまで気が抜けないのだけど、行き先を告げた時に安心できる感覚があったのはそれが理由のようだった。東京駅とほぼ反対側にある地下鉄の駅名を、すぐに把握してくれた感じだったから。それ以外にも、ドライバーさんの生まれた地域のお祭りや言葉など昔の文化の話、青函連絡船が走っていた時代の話、さらに名字まで同じということがわかり、「お客さんだからついでに言いますけど」の言葉が時々挟み込まれるのもなんだかよくて、ずいぶんと話が弾んだ。最後の支払いをした後で「お客さんとこんなにいろんな話ができるとは思わなかったですよ、楽しかったです」と言われ、思わず「すごく安心してお任せできたし、お話し上手だったので私も楽しかったです」という返事が口をついて出た。そして普通なら一度降りるともうお客のほうは見ていない人が常なのに、赤信号だったのもあってか振り向いたら会釈してくれたのに驚き、また楽しい気持ちで去って行く車を見送った。

都内の下道で40分くらい。ほんの少しの移動だったけど、タクシードライバーの仕事に対する誇りや思いをたくさん聞かせてもらえた気がした。コロナのせいで今年の春頃から売上が半分以下だと言っていたけど、こんなすばらしい仕事人が苦しいのはよくないから早く元の状態に戻ってほしいとしみじみ思う。父より一つ先輩だというベテランさん、いつまでもお元気で。

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