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映画「パッシング 白い黒人」感想 差別激しき時代の「ジレンマ」を生きた女性たち

どうも。

昨日の「ザ・ハーダー・ゼイ・フォール」に続いて、今日もネットフリックス映画のレビュー、行きましょう。これです。

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この「パッシング」という映画。これは、若い実力派の黒人女優ではトップクラスですね。テッサ・トンプソンとルース・ネッガ。この2人による、文学的なドラマです。非常に評判もいい映画です。

どんな作品なのでしょうか。早速あらすじから見てみましょう。

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舞台は1930年代のニューヨーク。アイリーン(テッサ・トンプソン)はもともと肌の薄い黒人。黒人医師の妻で裕福でもある彼女は、それを生かしてマンハッタンのデパートに白人のふりをして買い物がてらにカフェにいると

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向こうから、見知らぬ女性が話しかけてきました。すると彼女は、アイリーンの学校のときの友人だったクレア(ルース・ネッガ)だとわかりました。

 ブロンドの髪に白人風のメイクですっかり黒人であることがわからなくなっていたクレアは黒人の親が亡くなった後、早くに白人家庭に育てられ

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人種差別主義者の白人ビジネスマン・ジョン(アレックス・スカースガード)と結婚しました。普段はシカゴに住んでいてニューヨークには商用でやってきたとか。

この席にやってきたジョンに、黒人だと気づかれずにいたアイリーンは、彼から「黒人なんて大嫌いだ」と言われ、不快感を味わいます。

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アイリーンは家庭では、夫のブライアン(アンドレ・ホランド)と小学生の男が2人いました。人種問題の意識が高いブライアンは、子供たちに現実の世界で起こっているむごい黒人差別の現実をそろそろ教えるべきだと感じるなど、家庭内ではそうした社会問題の話も尽きません。

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そんなある日、アイリーン宅にクレアがふらっと訪れます。ブライアンも彼女のことは知っていて「あのクレイジー・クレアかい?」と最初はからかいます。

ただ、夫婦の行きつけのダンス・クラブにクレアと行くと、社交上手のクレアはひときわ注目を浴び、ダンス・パートナーに選ばれたブライアンも魅了します。

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夫の出張でヨーロッパに行ったりもするクレアの話は、黒人の現実世界に嫌気がさしているブライアンの興味もひきます。そんなクレアにアイリーンは漠然とした不安感をいだきますが・・。

・・と、ここまでにしておきましょう。

これはですね

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原作がありまして、ネラ・ラーセンという黒人女性の作家が1929年に書いた同名の小説です。僕、てっきり、原作はこんなリアルタイムでなしに、その当時の社会を考察して後から書かれたものだとばかりに思っていたから、この当時に黒人の人種差別をこういう風に描写できていたことにかなり驚いているのですが、それを

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女優のレベッカ・ホールがこれを人から渡されて読んで感銘を受けたことから、彼女みずから監督となって映画化した作品です。

なんかイメージ、ガラッと変わりましたね。

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こういう雰囲気だったのに。なんとなくですけど、監督業に転じそうな気がしてます。

 レベッカ自身が語っているんですけど、この映画を作る契機となったのは、彼女自身に幾分かの黒人の血が入っているからということです。彼女の母親が出生を明かさず、会ったことのある親類がすごく限られてるんですって。だから、この映画を彼女は自分のルーツ探しにも当てはめたようです。

 しかしまあ、これ、レベッカ、初監督作品ですけど、これ、すっごい才能ですよ!

 映画の内容もさることながら、この

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絵のセンス。これがすばらしいんですよ。印象に残る映像のシーンがいくつも出てくるんです。

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このテッサ・トンプソンの写真なんて、本当に20年代の現物みたいなリアリティがありますしね。

あと、舞台となった20年代後半のニューヨークのリアリティ。ディキシーランド・ジャズが流行ったナイトクラブの雰囲気とか、時代の切り取りのセンスも巧みです。これはよく、本当に研究したなと思います。

 そしてもちろん

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この2人の、肌の色の問題に関して、揺れる心情をすごく巧みに描けています。

 自分自身もできることなら白人に見えることへの恩恵に預かりたいけど、どうしても黒人社会を裏切ったり差別されたりすることが許せないアイリーン。そして、白人と完全に同化することを選び、影の部分を絶対に人前で見せないようにするものの、根底の部分で闇を抱えてしまっているクレア。この2人の対比が鮮やかで、この両者が巧みに演じていると思います。

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特にルース・ネッガの方は2016年の「Loving」でジョエル・エジャートンと1960年代に異人種間結婚をして裁判をすることになる黒人女性を演じてオスカーの主演女優候補にもなっています。人種問題を扱った作品がこれで二度目ということもあり、その意味でもすごく信頼してみることができましたね。

 しかし、これ、繰り返しになりますけど、これは黒人の人種差別の問題でも、根底理解のレベルの高いテーマ性だと思います。普通、この問題にそんなに詳しくない人にとっては「黒人を白人が痛めつける」みたいなテーマ性の方が圧倒的にわかりやすいんですけど、「黒人間でも自分の肌の色でジレンマがある」というのは、この問題への関心が踏み込んだものでないと、なかなか思いつかないものだからです。

このあたりは原作者のネラ・ラーセン自身が白人との混血児だったことに由来するものです。黒人の場合、「何代遡っても、すべて黒人」というパターンは多くなく、ほとんどの場合、他人種の血が混ざっていると言われています。その中には今回のように白人との血縁があった関係で肌がそれほど黒くない人もいて、それによって生じることもこのようにあるわけです。それをレベッカが自分のこととして共鳴し、命をふきかけたことで今回の映画が完成したわけです。

あと、レベッカ、すごいなと思ったのは、これを見て


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1940〜50年代のハリウッドの名監督、ダグラス・サークの映画を思い出したからです。特にこの、1959年作の「Imitation Of Life」、「悲しみは空の彼方に」ですね。これはハリウッドの人気白人女優の幼女になった、黒人の家政婦の娘が、同じようにパッと見は黒人とわからない外見で自分の人種を偽って生活し、それに生みの親の黒人女性が悲しみを負う。娘は黒人であることを発覚することで受ける傷を受けながらも、絶縁したかのように見えた実の母への愛も捨てきれない・・。そんな内容で、すごく考えさせるんですけどね。

ダグラス・サークの場合はこういう悲劇を、すごく白人の中流以上の女性のソフィスティケイトされた目線でメロドラマティックに描くのがお家芸で、それにトッド・ヘインズのようなフォロワーがついていたりもするですけど、この手法、レベッカ、これ多分、知っていてあえて似たアプローチとってる気がするんですよね。この辺りの感覚でも唸らせるものがありましたね。

90分台と、最近の映画の中では小作に見えるところがあったり、ネットフリックスで別の2作品が推しになっていることでオスカーは難しいところがあるかもしれません。だけど、僕はこれ、すごく推したい映画です。

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