二夜漬け人生

アロマテラピー検定1級・2級合格おめでとうございます。ありがとうございます。この二日間でちゃんと詰めれてよかったです。

毎日コツコツ努力をして結果を掴み取っていくのが本来の姿であり、そういうので人は成功体験を積み重ね、自信に繋がっていくのでしょうが、私は毎日努力もできないですし、全てにおいて全体的に諦めている節があるので、絶対できないだろみたいな無理なスケジュールを組んでしまいます。
無理ならまあそうなるでしょうねと努力と向き合わなかった責任から逃げ、成功したら優越感に浸りつつもやっと安堵するような繰り返しです。

そもそも何事にもモチベーションが低い私ですが、自分なら何でもできるんじゃないかという、とても正気ではない精神状態の時に通信教材だの検定だのに応募しまくるので、しらふの私がそれを延々とこなしているわけですが、なんなのですかね。どうしてそのモチベーションは保たれないのか。本当に勘弁していただきたい。

モチベーションで思い出したのですが、心療内科を半年ほど前からサボっていて、また次調子が悪くなった際には初診からやりなおさないといけないと思うと本当に憂鬱です。休日の外出って一番しんどいです。たとえ目的があったとしても極力避けたい。友人との遊びとか、他人が絡むならまだ頑張ろうという気にもなるけれど私一人だけの用事だと本当に外に出られない。そもそも仕事にそんなに行かなければ精神的にガタつくことも無いので仕事を休みまくればいいだけなのに、国民の義務の中に勤労があるのだから出勤しなければ仕方がない。

ちょっと待て。教育(を受けさせる)、勤労、納税……私の苦しみの根源を辿ればこの3つが原因なのではないか?いい加減にしてほしい。教育を受けさせる為の暴力、暴力を受けた故の精神疾患。納税の為の勤労、勤労の為の精神疾患。何だ、国民の義務は全て精神疾患に通じているという訳か。大層素敵な義務だ。

とはいえ、私が学校に行けなかった故に暴力を受けたのは教育を履き違えた教育者しか周りにいなかったことが原因であるし、私が週5通学やフルタイム勤労をすると不安障害に陥りベッドから動けなくなるのは今に始まったことではないし原因も分からないが、それはもう私という人間の致命的な欠陥なのだろう。

誰を責められようか?国民の義務は国民が幸福に秩序を保ちながら暮らせる為にできたのだろうが、各々の解釈によって幸福も秩序も全て崩壊するのだ。

私は今一度幸福を追求するために、自身に合った勤労についての解釈を思考し、改めなければいけないのかもしれない。このままでは選民思想にまで手が届きそうだ。本当に最悪である。

夢を追いたいと思いつつも気力がなく努力しない自分と、生きている価値も意味も無いと思いつつも気力がなく自殺にまでも至らない自分が混在している。もしかしたら夢など無いのかもしれないし、死にたくもないのかもしれない。普通ではいられないという事実と、今までの失敗体験が今の地に足がついていない私の生活を作り上げている……

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?