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2020年3月11日。あれから9年。

昨日とは打って変わって陽射しがまぶしい朝で、少しほっとした。

その時間まではパタパタと用事を済ませ、14時頃海の方へ。

少し出遅れて14:30を過ぎて近くのショッピングセンターに車を停めた。

46分までには海のそばに行きたいと、ショッピングセンターの中を速足で急ぐ。ショッピングセンターはいつもの雰囲気。そういつもの日常。

デッキにつく頃には、息が上がっていた。2分前。

心を静めて、穏やかに。

今日だけはやさしい気持ちで過ごしたい。

そう思っていた・・・

数人、黙祷の為に立っている人がちらほらと見えた。

かもめたちも、祈りに備えるようにぷかぷかと水面に浮かんでいる。

14:46の時刻にサイレンが鳴り響く。

海に連れ去られてしまったたくさんの命の為に。祈る。

そして、あの揺れをもう一度思い出す・・・

と、その時、10mほど後ろのベンチに座っていたカップルがバタバタと走ってきた。私のすぐ隣に立って、サイレンが響くなか、ウェーイ!と写真を撮り始めた。

台無しである。今日だけはやさしい気持ちで過ごしたい。という願いは打ち砕かれた。

私は、振り返ることもせず、ただその子たちが立ち去るまでの1分間、水面を見つめて耐えた。その時に撮っていた動画には、サイレンとカップルの声が入っている。

こんな最悪な黙祷の瞬間が今まであっただろうか。

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その瞬間をどう過ごすかは各人の勝手である。私は私の勝手でここに立っていた。それだけのこと。

彼らを注意したとしても、彼らにとっても最悪な出来事になりかねない。

私だけが、最悪だと思えばいい。この瞬間だけは。

それだけのことなのだ。

ただ、もし自分のことかもしれないと思い当たる者がいたら、謝って欲しい。私が1年のうちにこの日をとても重要な日だと位置づけ、緊張と不安とそしてまた一年過ごせたという安堵の気持ちでその場所に立っている時間を台無しにしてしまったのだから。

気づけば、先ほどよりは多くの人たちは外に出てきて、海に向かって手を合わせていた。この地に暮らす人たちは、それぞれの311を抱えて生きているのだと思う。

気を取り直し、映画館へ向かう。

ずっと悩んでいた。今日見ることに意味があるんじゃないか。

『Fukushima50』

イチエフの原発事故を題材にした物語で、富岡町でもロケが行われた映画。

でもきっと泣いてしまうだろう。映画館で声を上げて泣いてしまうかもしれない。でも平日だからそんなに人もいないか?でも、万が一、パニックの発作が起きたら?

朝まで悩んでいたけれど、穏やかな天気も手伝って、午前中に15:10上映回の予約を入れた。予約を入れたからには見るしかない。ラッキーなことに今日は水曜レディースデー。

手前の雑貨屋で、ハンドタオルを買った。

そして開始10秒で、今日見たことを後悔することになる。

見た後の気持ちは『感動した』という言葉しか出てこない。

富岡に関わる立場で、この映画をたくさんの人に見てほしいと思った。

帰宅した後、岩波友紀さんの写真集を開いた。

こちらも3.11の日に見ようと思って。

我が子を震災で亡くした人たちの姿が収められた写真に胸が締め付けられた。無音の写真の中から聞こえる、足音、風の音、息遣い。

自分は体験していない、親の立場としての東日本大震災。

こちらの写真集の感想もまた別の記事にて。

今、世間は新型のウィルスというものに侵食され、様々な規制や制限が出されている。マスクが売っていない、一時デマでトイレットペーパーや生理用品が店頭から消えた。

生きていればたくさんのことが起きる。

人間の敵は人間だと思わないようになるにはどう生きればいいのか。

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