見出し画像

【海業のススメ】宮城県石巻市~海のヒーローが集まる海

始めに
今回の記事は、東日本大震災に関わるセンシティブな内容が含まれています。地域の方の苦しみ。ボランティアさんの汗。当時、造船所に勤めていながら何もできなかった自分を照らし合わせると、この記事を書くことにはためらいがありました。それでもお門違いではあるとは思いますが、現地の人たちの思い、支えようとする人たちの思いは、海を生業とする身として1人でも多く伝えておきたいと思い、筆を執らせていただきました。震災にあわれた皆さんにとって、今さら私ができることは限られていますが、今後もお役に立てられるよう活動していこうと思っております。応援しています。

著者 守 雅彦

皆さんは”3K”は知っていますか?
1980年代の高度経済成長が進んでいく中、主に頭を使って働くホワイトカラーと体を使って働くブルーカラーとに分けて、仕事をしている人を大きく2つに分けた時代がありました。そのブルーカラーの人たちがしていた仕事内容が3Kと呼ばれていたのです。「きつい、危険、汚い」の頭文字をとって”3K”というわけです。そんな3Kの条件に当てはまる業界の1つに漁業がありました。魚にあわせた不規則な労働時間。落ちれば死んでしまうかもしれない狭い船内。魚の生臭い匂い。そんな海の世界を「カッコいい、稼げる、革新的」という新3Kの世界にしようと10年前から取り組んでいるイノベーター集団が石巻にいます。フィッシャーマン・ジャパンです。


日和山からの石巻漁港

水産業担い手育成事業の「TRITON PROJECT」や地域水産業課題を副業人材と一緒に解決するマッチング「GYOSOMON!(ギョソモン!)」、URBAN RESEARCHとのコラボした漁師ファッションウェアなど、今までの水産業の枠をぶち破ったイノベーションを起こし続けているフィッシャーマン・ジャパン。今や水産業に革新をもたらす存在として日本全国から石巻にITエンジニアやプランナー、マーケターなど様々なバックボーンを持ったイノベーターが集まってきているのです。そんなフィッシャーマン・ジャパンが難攻不落ともいえる水産業の壁をどう取っ払ってきたのか。今回はそんな水産業で今注目されているフィッシャーマン・ジャパンのお話です。


石巻駅からすぐの石巻の秘密基地、TRITON SENGOKU フィッシャーマンジャパンのアジト

舞台となるのは石巻。宮城県第2の都市で、三陸海岸の一番南に位置し、周りを海で囲まれた人口13万人と地方としては大きめな町です。町のいたるところにサイボーグ009や仮面ライダーがいる漫画の町でも有名ですが、石巻と言えばなんといっても魚です。全国水揚げランキングで毎年ベスト10に入ってくるほどの魚の天国。それもそのはず、親潮と黒潮が交わる潮目、魚が住みたくなるようなリアス式海岸、万石浦の牡蠣養殖など、石巻のどこを切っても水産資源があるといった海の宝に囲まれた地域です。かの高級ブランドサバ「金華サバ」も石巻で獲れるサバです。なるほど世界三大漁場にも数えられるってわけです。そんな良漁場のある石巻の海には約50港の漁港があります。(※1)その歴史も古く、昔からの習慣も残っている石巻。そう簡単によそ者を受けれる場所ではありませんでした。そんな石巻の漁師たちの意識を変えたのが2011年の東日本大震災です。


日和山にある「友愛」のモニュメント

震源地に近かった石巻では、漁師の多い地区ということもありその被害は甚大でした。一命をとりとめた方も涙をふく間もなく復興に尽力せざるを得ない状況だったのです。ゼロではなく、マイナスからのスタートで途方に暮れる中、日本全国からやってきたのが、ボランティアの皆さんだったのです。

「よそ者は村に入るななんて言っている暇なんてなかった。」

ボランティアは見返りを求めず、わき目も振らず復興に向けて行動に移していきました。そうやって地域の方とボランティアの方が手を取り合って、復興に突き進んでいったのでした。そうして石巻の漁師たちは、震災を機に外部とかかわりあうことへの抵抗感が徐々に薄れていったのです。一通り復興に目途がつき始めるとボランティアの中には、地域やその地域の人たちの魅力に引き込まれそのまま移住してしまう人も多くなっていきました。そんな地元漁師たちと移住者の前に更なる現実がやってきたのです。浜自体の存続危機という難題です。漁場や養殖筏、水揚げ施設はもちろんのこと、最も問題なのが労働力だったのです。どんなに技術が発達しようとも、どんなに立派な荷捌き場があろうとも、どんなに大きな水産加工場や直売スーパーがあろうとも、水産業を支えようとする担い手がどんどん減ってきているのです。この担い手がいない限り、世界三大漁場も、持続可能な漁業も絵に描いた餅でしかないと気づいてきたのです。

石巻全体が変わろうとしている

震災を機に、様々な岐路に立たされた石巻では、どういう働き方をしていくのか、どういう生き方をしていくのか見つめなおすタイミングでもありました。とくに地元若手漁師や水産関係者にとっては日々葛藤する毎日を送っていたのでした。そうして1つの結論でたのです。

既存の本業をしっかりやっていく

言葉でいうのは簡単だけど、ことはそう簡単なことではありません。既存と呼べるものさえも失ったマイナスからのスタート。そんな既存がなくなってしまった本業をしっかりやっていくのは鋼鉄のいばらの道でしかなかったのです。でもこの難問を解き明かす方法を、石巻の人たちは知っていたのです。人と人が手を取り合って、知恵を出し合い、交わり合い、助け合うということ。地元の人の不屈の精神と震災ボランティアたちの見返りを求めない献身という成功体験が教えてくれたのでした。そうして立ち上がったのがフィッシャーマン・ジャパンだったのです。


漁師を目指すための漁師テキストブック。
今日本で一番わかりやすい漁業の教科書

フィッシャーマン・ジャパンの事業は数多くのプロジェクトをしているのですが、大きく3本の柱で運営しています。中長期的視野で石巻の水産業を盛り上げてくれる「担い手の育成」。超長期的視野で地球環境ばかりではなく水揚げ量にも直結する「環境の保全」。運営資金にもなっていく収益を生んでいく「販売」。この3本柱で構成されています。プロジェクトの1部を紹介すると

☆田代島オールドルーキー
熟練の漁師が、新たな技術や機材を使いこなすことで再び「ルーキー」として返り咲き、鮮度の向上、魚価向上を目指すプロジェクト。

☆TRITON PROJECT
担い手育成のプロジェクト。若手地域水産業者を集めたセミナーや水産業に入りたい人への斡旋などを行う。

☆SeaEO
水産業とは異なる経験・スキル・知識を持った人をつなげるプロジェクト。水産業のイノベーション創出を目指す。

☆GYOSOMON!(ギョソモン!)
報酬は魚払い。水産業特化型の副業・兼業のマッチングサービス。

☆すギョいバイト
地元高校生向けの海の1日バイト。地元の海の魅力や喜びを伝える。

☆フィッシャーマンジャパン・ブルーファンド
不安定収入になる海に関する事業への投資や寄付など新たな支援のフィンテック。

☆ふぃっしゃーまん亭
最新の流通システムや調理法で石巻の「うまい」を実現。キャッスレス決済や調理方法など人件費も含めて革新的な取り組みを行う飲食店。


サンファンバウティスタパークの「夢を叶える鐘」

これはフィッシャーマン・ジャパンの取り組む事業のごく一部です。それを実行に移しているのが、全国から集まる多様な人材と古くから地域に根差した漁師さんたちなのです。そしてこの石巻の取組を実行に移せてる秘訣は、外から来る人も元からいる人も「この海を何とかする」という切実で、純粋な思いが先だっていることが最大の要因なのだと私は思います。そして最も重要なキーポイントが、”震災による無償のボランティアの行動”なのです。その見返りを求めない献身的な活動があってからこそ、地元水産業の門戸が開かれていったのだと思います。単にこの地域の人はやさしいからとか、この地域なら金になるからとか、とりあえず成功しているから真似するかとか、イノベーションを起こすために既存のモノを壊せばいいとかでは生まれてこない奇跡がこの町で起きているのです。情熱を持つ海を愛する移住者たちと地元の海を代々守り続けてきた漁師たち。そんな海のヒーローが集まる町こそが石巻なのです。そんな地域の旗振り役、フィッシャーマンジャパンがこんなことを言っています。

「海は変わった。仕事はどうだ?」

※1、2005年の市町村合併で、石巻市、河北町、雄勝町、河南町、桃生町、北上町、牡鹿町が石巻市として合併した。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?