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【11冊目】死のロングウォーク / スティーブン・キング

9月です。
新しい季節がやってきたという感じがありますね。9月というのは、他の月と比べても何か特別な月という感じがありますね。そんなことないですかね。風も少しだけ秋めいて。こうして過ごしやすい季節へと移行していってくれたらいいですね。当店は本日から24時まで営業となります。ワクワクしますね。もう、みな、腐るほど言っているかとは思いますが、22時はとにかく早い。酒場では特に影響は大きかったかと。それが今日からは少し伸ばして24時までってことで。ワクワクしますね。少しずつ日常を取り戻していきたいですね。

さて。
そんな新しい季節の日常を迎えるにあたってするべきことといえば、そう、月初のお決まり「ウィグタウン読書部」ですね。じき、読書の秋とか言ってもいい季節が来るわけですから。着々と迎えていきたいところですね。

というわけで、先月の課題図書はリチャード・バックマンa.k.a.スティーブン・キングの、最初期の作品『死のロングウォーク』です。なんでもキングが大学生の時に書いた作品ということで、事実上の処女長編小説にあたるとのことですね。モダンホラーの帝王が描く、初めての狂気ということで、そういう意味でも興味深いですね。

さて。
私がこの作品を初めて読んだのは、もう15年は前のことかと思います。私の初期の読書体験の一つとして大きなものに『バトル・ロワイアル』(当時14歳)があるのですがね。当時の私なんかはとにかくこれに夢中になり、恐らくリアルタイムでこれを読んでいた中学生男子のほぼ全員がやったであろう「もし自身が(自分のクラスが)バトル・ロワイアルに放り込まれたら、どうなるだろう」といった妄想を広げては、朝な夕なと楽しんだのですがね。そんな折『バトル・ロワイアル』は、今作『死のロングウォーク』を下敷きに書かれている、という情報を聞いたのですね。なるほど。それは是非とも読んでみるしかあるまいと、図書館に足を運び、借りてきては夢中になりながら読んだ記憶がありますね。今回、ウィグタウン読書部の課題図書にするために文庫を手に入れようとしたのですが、なんでも、日本語訳はもう絶版になっているらしく、古書店でも少し高くなったりしている。そうなるとさらに読みたくなるのが人情というもので、インターネットの海を探し回って、なんとか手に入れたのがこちらの文庫本なんですね。読んでいきましょう。

さて。
まずは簡単にこの作品のあらすじを。
近未来のアメリカで、14歳〜16歳までの少年100名が参加する競技「ロングウォーク」が開催される。ルールは簡単。「ひたすら4マイル以上の速度で歩き続けること」「時速4マイルを下回ると警告を受け、累計警告が4枚になると、即射殺される」「警告を受けてから1時間経つと、一つ分の警告は無効になる」「一度スタートしたら、最後の一人になるまでレースは終わらない」。優勝者以外の参加者は全員死が約束されており、いわゆるゼロサムゲームですね。優勝者の総取りとなるレースなわけです。
初めて読んだ時、この「時速4マイル」についてほとんど何も考えずに、まぁちゃきちゃき歩くくらいかな、など考えていたのですが、改めて考えてみると、これは時速6.4キロ。吉祥寺駅を出てひたすら東進して、阿佐ヶ谷と高円寺の間くらいまでの距離に匹敵するわけですね。分かりやすく言うと、当店からアンドビールさんまでの距離を1時間で歩かなきゃいけない。ちなみにiPhoneのマップによると、徒歩で1時間24分かかる距離とのことですから、やはりかなり早歩きどころか、なんなら軽いジョギングくらいのペースで行かないといけない。それを何日も何日も、最後の一人になるまでそのペースを保たなきゃならないってんですから、相当過酷なレースですよね。私なんて、もって2時間ですよ。生命の危機に晒されているっていう切迫感があっても、頑張って12時間も保てばいい方じゃないですかね。ちなみに12時間っていうと76.8キロですから、吉祥寺からだと成田空港の手前まで行くことになりますね。やっぱり無理ですね。そんな競技を、なんですか、今回の参加者たちは〇〇時間も歩き続けるっていうんですから。とんでもないですね。今回はこの作品を一貫して貫いているワンビートな空気がどれほど人生とマッチしているかということを軸にこの作品を読んでいきたい。

ところで。
中身に入っていく前に、私はこの「ワンビートな空気」について話をしたいんですがね。私なんていうのはバックパッカーじゃないですか(じゃないですか話法)。スコットランド国内を巡っていた際も、まぁとにかく歩くんですね。1回の移動で2時間とか3時間とか歩き続けていると、徐々に時間の絶対というものに気付き始めるんですね。例えば、AからBまで歩く。自分のペースでいけば、だいたい1時間の距離である。と計算してから歩き始めるんですがね。歩き始めてしばらく、途中のA'地点に到着するわけですがね。時間を見てみると30分経っている。ちょうどA→A'→Bと、中間地点にたどり着いたのだから、30分経っているのは当然といえば当然なんですがね。私はこの時、とても妙な感じを受けましてね。というのも、私はこの30分間、結構いいペースで歩いてきた。30分間歩けば1時間の道のりの中間地点までたどり着く。でもいいペースで歩いてきたから、なんなら40分地点くらいまで進んでいてもいいと思ったのだ。なんなら40分時間が進んでいてもいいとさえ思った。歩けば歩くほど時間が進んでいき、私の中で時間は距離と等しい存在になった。3次元と4次元の境界が、非常にぼんやりとしていくのを覚えたんですね。ひたすら一定の速度で歩き続けることは、もしかしたら次元の壁を越えることなのかもしれないな、なんて思っていたんですね。なんのこっちゃですね。本文にいきましょう。

さてさて。
ここからは本格的に【ネタバレ注意】となるわけですが、そもそも「『バトル・ロワイアル』の基となったストーリー」ということは、まぁ血生臭い展開を予想することになるかとは思うのですがね。いざ開いてみると、そこまで血生臭くない。感情の起伏は多く描かれるのにも関わらず、また、少年たちは文字通り生死を賭けてこの競技に参加しているにも関わらず、全編を通してどこと無く無味乾燥な、ワンビートな空気が漂っている。今際の際でさえ、それはいとも簡単にやってきて、そして次の瞬間には、脱落した選手は袋詰めされて会場を後にしている。生前どんな言葉を交わしたか、どんな表情を見せたかが頭をよぎるが、誰一人そこに囚われることはなく、瞬間瞬間を少年たちは立ち止まることなく歩き続けなくてなならない。競技の性質上、全ては一定の速度で進んでいく。時速4マイルの速度で、我々はこの競技を読み進めることを余儀無くされる。このワンビートな文体こそがこの作品の一番の魅力で、それは最後の一人が決まったその瞬間でさえも、同じ速度で展開されていく。一番最初に切符をもらった選手も、28番目に切符をもらった選手も、69番目も、そして99番目の選手も、全てがロングウォークのルールの中では平等で、その時を迎えると、感情も、感傷も、その選手が背負っている物語も、夢も、野望も、一切合切が、一瞬後には平らになってしまうのである。この死の絶対の前には何も無力なのだ。そして、それは当然ながら、競技中の話だけにとどまらず、また、競技に参加した選手たちのみの話にとどまらず、この社会生活を送っている我々すべてに言えることである。

いうまでもないことであるが、人生とは不可逆的なものである。時の流れの中で我々は徹底的に平等であり、時速4マイルの速度で刻むそれぞれの4拍子の途中に、歓喜の瞬間や、絶望の瞬間、苦悶の時間や恍惚の時間が挿入される。どんなにその瞬間がドラマチックでも、次の瞬間には、また普段のペースで歩き始めなくてはならないのである。そして、この作品の恐ろしいところは、参加者のほぼ全員が、「歩き続けなくてはいけない」という事実を正確に理解しないまま、競技に参加している点である。何人かの選手が倒れた後で、参加者の一人が言う。「(中略)ロングウォークがどんなものか、本当のことを知らなかったんだ。おれはこんな風に考えてたんだな。最初に歩けなくなった奴が出たとき、兵士が銃をかまえて引き金を引くと、〈ダーン〉と印刷した紙が出て、それが......そして少佐が『エイプリル・フール』とか言ってみんな家に帰るんだってな。おれのいってることがわかるか?」。物事というのは常に真剣で、当事者の意思がどれほどのものであるかは勘定に入れずに、一定の速度でやってくる。時間が絶対的なものであるように、いくつかの社会システムやルール、あるいは感情や、人間関係までも、当事者の覚悟とは関係なく、人々を押し流していく。ならば、この競技に勝つためには何が必要なのだろうか。覚悟か。入念な準備か。道徳心か。強靭な肉体か。生への執着心か。今作の優勝者は、他の選手に比べて、どこか優れた部分があっただろうか。私は答えはノーだと思う。彼が優勝できたのは「ただ他の競技者より長い距離を歩いたから」ただそれだけに過ぎないのだ。我々は、人生という名のロングウォークの中で、ひたすら拍子を刻み続けるしかないのかも、しれませんね。

さぁ。全く何が言いたいのか分からない感想文を終えたところで、今月の課題図書は芥川龍之助の『歯車』です。『ロングウォーク』は映画化が決定しているみたいですよ。これも楽しみですね。思えばウィグタウン読書部としての活動も、今月で12冊目。つまりは1年経ったことになるんですね。もともと「名前は知ってるけど読んだことのない名作を読む」が部の主眼だった気がしますから、ここにきて芥川なんていうのはしびれますね。読んでいきましょう。

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