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医療現場の爆笑ネタ~SNSのリプライでバズる

それは医師5年目、まだ後期研修医と言われる時代に、とある病院で起きた。
 
自宅から入院になった80代女性、疾患は尿路感染症であった。
すたすたと歩き、受け答えもしっかりしている。
本人もご家族も認知症はないと思っている。
 
入院翌日の回診中にその「出来事」は起きた。
 
「体の調子はいかがですか?」という僕の問いかけに、
「だいぶいいです。」と。
「それはよかったですね。でも治療には2週間ほどかかりますので、
これからよろしくお願いします」と僕は答えた。
 
すると、その患者さんは突然、何を思ったか、
「先生、モテるでしょう?」と聞いてきた。
「いえいえ、そんなことないですよ」と答えた。
その後、僕は適当にごまかしてその場を後にした。
 
僕は何を隠そう、43歳のこの時までモテたことなど一度もない。
この患者さんが本当に正常の認知機能を持っているのか、心配になった。
「モテる」の意味を誤解しているのか、
僕の姿が正しく認識できていないのか、
いずれにしてもこの高齢女性患者には何か問題が潜んでいるに違いなかった。
当時の僕は駆け出しの医師で、何でもプロブレムを探し、
それを解決しようというやる気満々の後期研修医だった。
 
そこでカルテには次のように記載した。
 
S:先生モテるでしょう。
O:(略)
A:#認知症・せん妄の疑い
   錯視が疑われる。
P:言動に注意し経過観察
 
すると・・・ある看護師さんの様子がおかしい。
口を押さえて小刻みに震えている。
(大丈夫かな・・・)と僕は心配になった。
「〇〇さん、どうしたんですか?」と次々に看護師さんが近寄り、
そこだけ「人口密度」が上昇した。
 
最後にその「人口密度」を上げたのは僕であった。
「大丈夫ですか?」
その震えている看護師さんは僕の声を聞いて、
「限界」を超えたようだった。
その場に倒れ、腹を抱え涙を流して悶絶していた。
 
「感情失禁」という言葉がある。
感情のコントロールは大脳の前頭前野が担い、
認知症や脳梗塞などでこの部分の機能が低下すると、
感情のコントロールがきかなくなる。
高齢の認知症患者でたまに遭遇する状態である。
しかし若年の爆笑するタイプの感情失禁の症例は診たこともなく、
症例報告などで聞いたこともない。
しかもその対応方法が分からない。
 
アタP(アタラックスP)筋注でお茶を濁すか。
落ち着かなければ、コントミン筋注か。
 
しかしこれは対症療法である。
そもそもこの感情失禁の原因を検索して、
その原因を何とかしなければ、根本的な解決にはならない。
 
そう考えていたまさにその時、
「先生、面白すぎ!もうやめて~おなか痛い!!」
とその看護師は悲鳴を上げた。
 
まさかこの「感情失禁」の原因が僕にあろうとは、
その言葉が出るまでは夢にも考えていなかった。
 
僕は状況を飲み込めず、その場にただ茫然と立ち尽くした。
「あの、僕が、面白い??」
何かの間違いだと確信していた僕はあえてそう聞き返すしかなかった。
 
「実は私も今、吹き出しそうで困ってるの」
と別の看護師さんが言った。
「私も」「私も」とその場にいた看護師さんが次々とカミングアウトした。
 
「何が?原因は俺?俺、何か面白いことした?」
と僕は聞き返すしかなかった。
 
「面白いのなんのって、あのカルテ・・・」と1人の看護師さんが言った。
「はあ??」と僕はきょとんとしていた。
「カルテ、何が面白いの?」と僕は聞き返すしかなかった。
 
「「先生モテるでしょう」っていう患者さんの言葉、あれは本当ですよね?」
「本当ですよ。カルテに嘘は書けないでしょう」
「その後の先生のアセスメントですよ」
「うん?まあ尿路感染症とは関係ないけど、幻覚がありそうで心配になったから」
「先生はなんでそう思ったんですか?」
「なんでって、僕がモテるように見えるって、ガチで幻覚でしょう。
幻覚の中でも「幻視」と「錯視」があるのは知ってますよね。」
それについては周囲の看護師さんは全てうなずいていた。
 
「「幻視」というのはないものがあるように見える現象。誰もいないはずなのに、そこに人が立っているように見えるとか、壁に虫が張り付いているように見えるとか、病院の床が川のようになって水が流れているように見えるとか、そういうものです。それに対して「錯視」というのは、見ているものが別のものに見えることです。例えばハンガーにぶら下がっている白い服が人に姿のように見える、天井の木の節が人の目のように見える、という現象です。僕がモテるように見えるというのは、錯視です。イケメンでない男がイケメンに見えるというのは、ある物が別の物に見えてしまう現象で、これは錯視です。せん妄の可能性がある。そういうことが言いたいわけです」
 
「先生、分かってますよ。分かってるから面白いんです」
と看護師さんは口を揃えて笑った。
 
そのカルテ記載が何故そこまでウケたのか、
その時の僕も今の僕も理解できないのだが、
ネタというのは、自分が「これは面白い、絶対にウケる」
と自信を持っていても、実際に披露するとすべることが往々にしてある。
一方、自分で「面白くない」と思っても、ダメモトで披露してみると、
予想外にウケて、自分がびっくりしたりする。
 
一流のお笑い芸人や落語家は、様々なネタを作り、
それを試して、ウケたものだけを「使えるネタ」として
ピックアップして残していくという。
その過程で、皆、「これは絶対ウケる」と思ったものがすべり、
「これはダメだろうな」と思ったものが意外にウケたりする
という不思議な現象を誰もが経験しているという。
 
SNSのバズりも、狙ってできることではないと言われる所以である。
僕はこのネタは「笑い」の普遍性があるのかもしれないと考えるようになった。
 
しかしあれはナースステーションという特殊な場所での出来事だった。
一般人に披露するにしても、「錯視」という言葉を一瞬で理解してもらえなければ、このネタは一般人に対しては使えないかもしれない。
 
かといって「錯視」の意味の解説をそこに挿入したら、
このテンポ感は失われ、笑いは全く取れない。
 
僕は「錯視」という言葉を一般人の多くが理解してくれる可能性にかけようと思った。「錯視」の「錯」は「錯覚」の「錯」であり、言葉を知らなかったとしても、「錯覚」と読み替えてもらえれば、意味は十分に通じるし、意味的にもほとんど同じである。
 
そして僕はいつかこのネタが本当にウケるのかを、SNSで試したくなった。
自分ではフォロワーがなかなか集められず、
これをオリジナルツイートしたとしても、反応は期待できない。
 
しかしたまたま運よく、他の人のツイートで似たような内容のものがあった。それを見つけたのが幸運だった。
「コレだ!今しかない」とこのネタを披露した。
 
これは予想外にウケて、
リプとして過去最高のインプレッション数を獲得した。
自分ではウケないと思っていても、
そのネタ(とすら自分では思っていない)を披露して
それを見たり聞いたりした人の反応が大きければ、
それは「使えるネタ」なのだ。
 
このことから、自分の発した言葉に対する周囲の人の反応を見ながら、
ツイートネタを探すという戦略もありなのかもしれないと思った。
 
これは「美人投票」に似ていると思った。
どの女性が一番多くの人から「美人度」で高評価を得られるかを
予想して投票する。
これは自分自身の答えではなく、
自分以外の大勢の答えを予想して答えるものである。
しかしこれはなかなかに難しい。
 
そう言えば、昔、「クイズ100人に聞きました」
というテレビ番組があった。
若い皆さんは「何それ?」状態だと思うので、簡単に説明する。

街中に行く老若男女、無作為抽出した100人に、ある質問をする。
様々な答えが返ってくるが、
出演者が、その中で最も多いものを予想して解答する。
それが得点となる、というクイズ番組である。

最も面白くて印象に残っているのは、
「クイズ100人に聞きました、日本で一番長い川は?」
という問題だった。
利根川、信濃川、どっちだろうな・・・と皆が悩む。
日本で一番長い川は信濃川ではある。
しかし何となく「利根川」と答える人の方が多そうな感じもする。
そして実際、「利根川」と答えた人の方が多かった。
この場合は。出演者はクイズの正解を当てるのではなく、
不正解でも皆が答えそうな「答え」が「正解」となる。
 
しかし理屈では分かっていても、
皆にウケそうなネタを披露するというのは、
一筋縄ではいかない難題だ。
 
これは日頃からお笑いに携わっている芸人やその卵、
落研の人などの方が圧倒的に強く、
ただの素人の僕が太刀打ちできるものではない。
それは真実だが、その一方で、自分の笑いのセンスも試したくなる。
それが試せるプラットフォームがまさにSNSだ。

またバズったネタを片っ端から読み込んで、
何故バズったのか、その理由を考察してみると、
そこに何らかの普遍性、法則が見えてくるかもしれない。
 
それがツイートの成功率を高める重要な方法の1つだと感じた次第である。

ちなみにこの高齢女性患者は、入院後、落ち着いた段階でHDS-R(長谷川式簡易知能評価スケール)で評価して、認知機能は正常であることが判明した。

結論としては、「蓼食う虫も好き好き」で僕の見た目だけでなく雰囲気も含めてその高齢女性の好みだったそう。「錯視」を疑った僕の見立ての間違いでした。

おばさんキラーではなく、若い女性からモテたいんだけどなあ、
というのは独り言です。

めでたしめでたし。

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