「遠隔一騎打ち」 das Fernduell(ダス フェrルン・ドゥエル)

 das Duellという中性名詞は、英語との近さや、Duettドゥエットという言葉からも、直ぐにこの言葉の持つ意味が類推できるであろう。Duettが「二重奏」であるから、その意味には、「二」の数が必要であり、西部劇で言えば、「決闘」となり、ヨーロッパや日本の中世においては、騎士や武士の敵味方一騎同士の「一騎打ち」となる。 

 Fernduellの前半の単語fernは、元々は形容詞で、「遠い」、「遠方の」、「遠くの」などの意味のある言葉で、r字の所では、喉の奥を狭めて、少し擦るように発音したい。

 さて、現代であれば、Duellというような言葉は、スポーツ界で使われる言葉であり、実際、ドイツ・サッカーの、2022/23年度のシーズンが終わった、この五月の最終週末に向けて、五月中旬から下旬に掛けての新聞記事をこの言葉は賑わした。

 サッカーが、人気の点で、いわば「国技」とでも言えるドイツでのサッカー・リーグ制度は、ブンデス・リーガという連邦レベルのリーガ(複数形:Ligen)が、三つもあり、さらに、その下に、地方、地域・州、郡、地区レベルのリーガへと、すそ野が広がっていく。上のレベルのリーガに這い上がるためには、そのリーグのレベルでシーズン総合優勝、或いは、レベルによっては、順位二位、三位にならなければならず、そのリーグでの総合優勝を掛けて、各チームはしのぎを削り合う。そうして、ある試合で勝てば、三点、引き分けであれば、一点と、点数をシーズン中に集めていく。その結果、最も多くの点数を集めたチームが優勝チームになるのである。理論上は、もっと複雑なケースもあり得るのではあるが、話しを簡単にするために、あるリーガにおける総合得点数の差が、第一位と第二位との間で、シーズン最終の試合前に、四点以上の場合は、その第一位のチームが、早期にそのリーガにおける優勝を決めたことになる。(ドイツ・サッカーのリーグ制度に関しては、筆者の2021年5月15日の投稿「道路掃除人」を読まれたい。)

 一方、あるリーガにおける総合得点数の差が、第一位と第二位との間で、シーズン最終の試合前に、三点以内の場合は、最終試合で、第一位のチームが勝つか負けるか、或いは、引き分けか、また、第二位のチームが勝つか、或いは、引き分けかによって、順位が異なってくる可能性がある。このような場合、その順位一位と二位のチームが、偶然に最終試合で対戦すると言うのであれば、それは、言葉の本当の意味での「Duell:一騎打ち」になるのであるが、普通は、シーズン中はリーグ内相手チームとの総当たり戦になるので、得点数一位と二位のチームがそれぞれリーグ内の別のチームと最終試合を執り行うケースがよくあるのである。このような場合、得点数一位と二位のチームがそれぞれ別の離れた場所で、リーグ優勝を掛けて試合を行なうこととなり、このようなケースを指して、「Fernduell」と呼ぶ訳である。

 実際、今回は、ブンデス・リーガ第一部では、シーズン最終試合の前の総合得点順位において、第一位が北ドイツ・ルール地方のDortmundドルトムントであり、第二位が南ドイツ・バイエルン州のMünchenミュンヘン(発音としては「ミュンヒェン」と言いたい)であった。「北の雄」ドルトムントと「南の雄」ミュンヘンとでも言える、両チームの得点差は、二点であり、ここ十年間連続で優勝していたバイエルン・ミュンヘン・チームが絶対勝たなければ、今シーズンは優勝できない状況であった。バイエルン・ミュンヘン・チームが勝ち、ドルトムント・チームが引き分けの場合は、総合得点数が同じとなり、この場合は、ゴール得点数と失点数との差で、バイエルン・ミュンヘンが優位に立ち、バイエルン・ミュンヘンが今シーズン優勝となるケースも想定されていた。もちろん、バイエルン・ミュンヘンが勝って、ドルトムントが敗退すれば、バイエルン・ミュンヘンが優勝することになる。

 ブンデス・リーガ第一部には合計18チームがある。ゆえに、一チームに付き試合数は、行きの第一回総当たり戦で17回、帰りの第二回総当たり戦でも17回なので、合計で34試合となる。こうして今シーズンは、第34節が決定的な最終試合日となり、それは、2023年5月27日であった。

 この日、 バイエルン・ミュンヘンは、Kölnケルンでのアウェイ試合、ドルトムントは、ホーム試合で、対Mainzマインツ戦であった。ケルンもマインツもリーガ順位では、中位のチームで、アウェイではあるが、リーグ十回連続優勝のバイエルン・ミュンヘンがこの試合で勝つのは、ほぼ間違いないことと見なされていた。実際、試合当日、バイエルン・ミュンヘンは、前半で一点を入れて試合をリードする。

 一方、マインツは、シーズン後半の第29節でバイエルン・ミュンヘンに対して「金星」を挙げていたチームであり、当日は、前半に二点を先取し、シーズン最終日の試合は、全試合が同時に行なわれることになっているので、刻一刻と状況が変わる中、優勝杯は、バイエルン・ミュンヘンの手とするところになるかと思われた。

 試合後半に入った69分目にドルトムントが一点を入れて優勝への希望をつないだところに、81分目に、ケルンがペナルティー・キックで一点をゲットし、状況は大詰めに入って、今度は、ドルトムント側に優勝が手に届くかに思われた。

 ところが、それも束の間、85分目に試合に投入されたバイエルン・ミュンヘンの星ジャマル・ムジアラが、何と89分目に勝利点を入れる。ドルトムントも90分目以後に同点の二点目をゴールするが、勝ち越し点は入れられず、試合が終わった。

 こうして、両チームの総得点数が71対71、しかし、ゴール得点と失点との差が、ドルトムントが39点に対し、バイエルン・ミュンヘンが54点であったので、この時点で、バイエルン・ミュンヘンの連続11回目の優勝(合計では33回目)が劇的に決まったのであった。これ程スリリングなブンデス・リーガ第一部の優勝決定のドラマは、ここ数年には見られないものであった。

 優秀な選手をドイツ国内で一番よく集めているバイエルン・ミュンヘンが、リーグ内の、どの試合でも勝つのは当然というのが想定である。歯科医に行って、歯の治療をしてもらうのをドイツでは全く嫌う。あの、機械のきりきりという音に耐えられないのである。これと比較して、バイエルン・ミュンヘンとの試合とは、他のチームにとっては、バイエルン・ミュンヘンという歯科医のところに行くのも同然であると言うのである。つまり、バイエルン・ミュンヘンに負けることを前提にして、相手にゲットされた得点の高さで、どれだけ「自分の歯が悪いか」を診察してもらいに行くものであると言うのである。

 そのような状況下、今シーズンも、バイエルン・ミュンヘンが総合順位で第11節から第24節まで順位一位を陣取っていたのに対して、ドルトムントは、シーズン前半では不調で、一時は順位八位まで落ちていたところ、シーズン後半は、八試合八回連続勝利などもあって、第25節では首位にまで這い上がっていたのである。という訳で、最終の第34節での、対バイエルン・ミュンヘン戦での「Fernduell」にドルトムントが負けたことは、久しぶりに優勝杯を、産業構造改革で喘ぐルール地方の町Dortmundに持ってきてくれることを熱く願っていたドルトムント市民にとって、如何ばかり残念なことであったかは、想像に難くないのである。

 試合が最終的に終わった瞬間、ホーム試合であったので、黄色に黒のトリコーを着たドルトムントの選手たちは、一斉にフィールドに崩れ落ちて十数分間、横たわったまま、或いは、座り込んだままであったと言う。その間スタジアムは重たい沈黙に支配されていたが、その内にドルトムントのファンたちが立っている南スタンドから「立ち上がれ!立ち上がれ!」と選手たちに声が掛けられ、首(こうべ)を垂れた選手たちがようやく立ち上がったと言う... 

 サッカー・ファンではないが、「判官びいき」である筆者は、ドルトムント・チームの、再起と、次期シーズンでの健闘を心より祈るものである。

 因みに、ドルトムント・チームは、ドイツ語での略称がBVB(ベー・ファオ・ベー)で、正式には、Ballspielverein Borussia 09 e. V. Dortmundである。「社団法人ボールゲーム・クラブ・ボルシア09ドルトムント」の中にある数字「09」とは、この男子サッカークラブが1909年に設立された伝統あるクラブを意味し、「ボールゲーム」とは、サッカーの他にハンドボールと卓球の部門も傘下に入れているスポーツ・クラブであることを意味する。そして、Borussiaとは、ルネサンス以降に使われた新ラテン語で、「プロイセン」を意味する言葉である。なぜ、ベルリンを中心とする東部ドイツのプロイセン王国が、西部ドイツにあるルール地方と関係があるかというと、19世紀の国民国家としてのドイツの統一過程において、西部ドイツに領域を拡大するプロイセンが、このルール地方で鉱山業と鉄鋼業を発展させたという歴史的背景があるからである。

 1909年、それまで、ドルトムント市の旧市街地北部で、教会の青年スポーツクラブ活動の一環として集まってサッカーをやっていた青年たちが、教会の牧師の干渉をはねのけて、自分たちのサッカーチームを設立する。サッカーチームの設立がその場の情勢に流された、突発的なものであったので、その時に集まっていたサッカー仲間たちは、自分たちの新しいサッカーチームの名前を事前には考えていなかった。それで、その時に居酒屋に集まっていた仲間の一人が、1885年から1901年まで存在していた地ビール醸造会社Borussiaの宣伝プレートを見て、「Borussia」がいいと提案したのである。これが、Borussia Dortmundの名前の由来であると言う。

 何か機会があり、BVBが、チームを応援するファンといっしょに自分たちの成功を祝う時には、BVBは、未だにかつての設立時に使った居酒屋があった場所の近くの広場を会場にする。サッカー自体の商業化傾向をはねのけ、サッカーチームと地元のサポーターの交流を大事にするからである。サッカーの巨大娯楽産業化とグローバル化には、歯止めが掛けなければならない。その意味で、最近、ファンの意向を受けた、とりわけ、中小のサッカー協会を中心に、ドイツ・サッカー・リーグ連盟(DFL)の、ある会議において、ドイツ・サッカー界にさらに国際金融資本が参入することを否決したことの意味は大きいのである。

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