「技術支援工作隊」THW(テー・ハー・ヴェー)

 THWとは、略語である。元々は、Technisches Hilfswerk(テヒニシェス ヒルフス・ヴェアク)という。「Technisches」は、Technik技術という名詞が形容詞化したもので、Hilfswerkが中性名詞なので、technischに語尾の-esが付いたものである。英語からすぐに推察できるように、「テクニカル」と訳せる言葉である。

 一方、名詞である「Hilfswerk」という言葉は、二つの名詞が複合されてできた中性名詞で、真ん中のs字は、「~の~」という働きをするものである。「Hilf」は、Hilfeから来ており、「助け」の意味である。同時に、動詞の命令形とも理解できて、「Hilfe!:ヒルフェ!」と大きな声で人を呼んだら、人が助けに来てくれる。日本語で言う「助けてー!」という感じであるが、ドイツ語の「Hilfe!」は、男女関係なく使える言葉である。

 さて、訳すのに一番問題なのは、das Werkという中性名詞である。この言葉にはたくさんの意味があり、「作業」の意味、また、手作業の結果として「工作物」、さらに、それが芸術部門であれば、「作品」とも訳せる言葉である。名詞に、s字なしで、接尾語的に付けると、その名詞が表すものの全体を意味する。例えば、Mauerマウアーとは、壁一般のことであるが、Mauerwerkとすると、レンガを積み上げて作り上げた、具体的な壁の一面全体を表すのである。故に、Hilfswerkとは、Hilfeのために作り上げられたメカニズムの全体とも理解できるものである。

 という訳で、Hilfswerkを「支援工作」と訳し、さらに、これが、災害時などで人命救助などに当たる実働部隊となるので、「隊」を文脈から付け足して、「支援工作隊」と訳した訳(わけ)である。

 単純な火災時には消防隊が出動するので、THWの出る幕はまずないのであるが、例えば、大雨により川の堤防が決壊して、川沿いの人家が数多く浸水したような場合、或いは、北海やバルト海で高潮により、海岸沿いの人家が広い地域に渡って浸水したような場合に、THW部隊が「水防団」として出動し、更なる浸水を食い止める作業をしたり、各戸の地下室から水を汲み上げたりするのである。また、ドイツはまずは地震がないのであるが、例えば、トルコやイタリアで地震が起こった場合には、その国からドイツ政府に要請があった場合に、海外派遣救助隊として、家屋の下敷きになった人々を救助するなどいう活動を行なう。また、海外派遣の技術支援隊としては、ある国が日照り続きで飲み水の供給に困っており、それを受けて、国際連合からドイツ政府にその援助要請が来た場合には、THWは、その地に井戸掘り用の機器を持参して出掛けて行って、その地の井戸を掘り当てる作業を行なったりするのである。

 こうして説明すると、THW:技術支援工作隊とは、消防・警察の活動を支援する、一作業班のような印象を持つであろうが、HTWは、連邦の、しっかりした上級行政組織であり、連邦内務省に直属する機関である。

 同じく連邦内務省の監督下にある連邦「防災庁」に当たるのが、BBK(ベー・ベー・カー)、つまり、「Das Bundesamt für Bevölkerungsschutz und Katastrophenhilfe;住民保護と災害支援のための連邦庁」である。「住民保護」は、戦時における「民間人保護」とは異なり、平時における住民の災害・事故などからの保護に重点を置き、そのための日常的な啓蒙活動などを行なう「防災庁」である。故に、BBKは、コロナなどのパンデミー対策もその活動の一つに入るのである。

 一方、THWは、上述のように、災害時における救助活動はもちろんであるが、戦時における「民間人保護」もその任務の一つに入っており、本来、THWは、その成立の歴史から言っても、「戦闘員」に対する意味での「民間人」が、戦禍に巻き込まれて被害者となり、例えば、爆風で倒壊した家屋の下敷きになった民間人を瓦礫の山から救出するなどの必要性があって設けられたものである。それ故、THWの前身は、第一次世界大戦後の、1919年に生まれていたのである。日本では、自衛隊の活動の一環として「災害派遣」が挙げられているが、軍隊とは、国内の防衛戦においては、領土内に侵攻してきた敵軍と戦闘するための組織であり、戦闘中において、自国民の保護をしている「余裕」がない。この理由から、民間人保護の必要性があるのであり、THWなどで活動する人員は、軍隊部隊に随行する衛生担当員と同様に、「非戦闘員」として保護される権利があるのである。(故に、「衛生兵」とは、「兵隊」ではないので、誤った名称である。)

 「旧西ドイツ」たるドイツ連邦共和国は、第二次世界大戦後の1949年に建国されたが、その翌年には、THWのような組織の必要性が認識され、51年にはTHWが正式な組織名称として採用された。こうして、53年に、THWは、独自の下部組織を持ち、かつて西ドイツの首都であったボンに本部を置く、公法上の連邦上級行政組織として設立された。

 1990年の東西ドイツの統一により、THWもまた、改組され、93年には、連邦内務省に直属の連邦行政機関となる。

 東西ドイツの統一により、それまで11あった州に、5つの東部州が加わることにより、新しい統一ドイツは、16州で構成されることになる。この連邦州の中には、ハンブルクやブレーメンなどの都市州や、西南ドイツにあるザールラント州などの小さい領域州があることから、THWの組織では、そのような州を他のより大きな州に統合させる形で、全連邦で合計八つの州本部ないし統合州本部が存在する。州本部は、ボンにあるTHW本部に対しては、「支部」に当たる存在であるが、防災の管轄権は、あくまでも州にあるので、「州本部」(Landesverbandランデス・フェアバント:州連合会)と呼ぼうと思う。

 各州本部には、更に、全連邦で合計66ヵ所のRegionalstelle地域支部が下部組織としてあり、この地域支部の下には、更に、Ortsverbandオrルツ・フェアバント:地区連合会が、全連邦で合計して668ヵ所(2024年現在)で組織されている。この668という数字は、行政単位であるKreisクrライス:郡、または、それ自体で「郡」程度の人口を持つ「市」にOrtsverbandを一つ置くという組織単位から来ている。

 さて、Landesverbandとか、Ortsverbandなどと「Verbandフェアバント:連合会」と名付けられているのは、それを構成する人々が基本的にヴォランティアであるからである。言わば、趣味のための集まりである「クラブ」(Vereinフェアアイン:「協会、クラブ」の意)のように、自発的に市民が住民・民間人保護のために集まり、「会」を結成し、その「会」の連合体をVerband連合会と呼ぶからである。つまり、THWは、下から見ていくと、市民の「会」、地区連合会、地域支部、州連合会、THW・ボン本部、連邦内務省という組織構造である。

 これを日本の消防組織と較べると、次のようになる。つまり、消防吏員と消防団員の関係である。消防吏員は、消防業務に専門的に従事する常勤の公務員であるのに対して、消防団員は、本来、別の職業に従事しており、消防活動には、地域住民の志願者として任命されて従事する非常勤の特別職公務員である。このように、THWでも、THW本部や州本部や地域支部では「吏員」が常時勤務しているのに対して、地区連合会では「団員」が「余暇」にTHWの訓練・養成活動に参加するという形である。そして、何か災害があり、出動した場合には、身分保障、障害・事故保険などが付いての活動となり、それが被雇用者であれば、団員の欠勤によって生じた「損失分」が、THWより会社に支払われ、フリーランサーであれば、団員が自分の仕事ができなかったことによる「損失分」が、THWにより本人に直接支払われることになる。

 このOrtsverband地区連合会には、会長が指揮権を持ち、会長の下に、訓練担当係り長、車両担当係り長、料理長などが、そのスタッフを構成している。このOrtsverbandの下部組織が、技術「小隊(Zugツーク)」となっており、これが、それぞれの専門分野毎に存在する。という訳で、全連邦で合計、約800の技術小隊が2024年現時点で存在する。このレベルでは、「小隊長」が上に立って、いくつかある「分隊・班」を統率する訳であるが、一番の基本となる「分隊」は、救助分隊で、これが必ずどの「小隊」にも存在し、それ以外の「専門分隊」としては、電源供給分隊、障害物除去分隊、避難所用インフラ構築分隊などが「技術小隊」に編入される。

 一方、「専門小隊」としては、物資輸送専門の「小隊」が存在し、如何に、物資の調達・輸送と供給が、普段の備蓄の問題を含めて大事であることが分かる。全連邦で合計66カ所ある地域支部には、指揮・通信小隊と並んで、必ず一個物資輸送小隊があることが決めれれている。なお、連邦レベルでは、THWの活動に必要な物資のための備蓄・輸送・配給センターが三ヵ所ある。

 2018年のTHWの大々的な組織改編により、ボン本部、州本部、地区支部の組織レベルにおいて、共通の「立て筋」を通す形で、Einsatzアインザッツ:実働部隊(「E」と省略)、Einsatzunterstützungアインザッツ・ウンターシュトュッツング:実働部隊支援部(「U」と省略)、Ehrenamtエーレン・アムト:ヴォランティア部(「EA」と省略)に改組された。

 以上のように組織されており、連邦レベルで三ヵ所の訓練・養成センターを所持している THWは、2022年の調べによると、ヴォランティア活動で参加している団員が約8万6千人を数え(女性の参加率は16,7%)、その内、約1万6千人がTHW青少年・少女部に加入している。これに対し、24年のTHWのサイトによると、約2千2百人がTHWの常勤勤務職員として働いている。

 ADAC、一般ドイツ自動車クラブという民間組織があり、このクラブの会員になると、何かアウトーバーンで車の故障や事故があった場合、このクラブの応急修理自動車が来て、故障した車の応急修理をやってくれたり、このクラブのヘリコプターが飛んできて、事故で怪我をした人を病院に運んでくれたりしてくれる。このADACの自動車やヘリコプターは、ADACのイメージ・カラーが黄色なので、必ず鮮やかな黄色の色をしており、遠くから見てすぐ分かる。こうして、ADACは、自動車事故に遭った人を助けてくれる「黄色い天使」であると言われる。これと同様に、THWのイメージ・カラーは「ウルトラ・マリーンブルー」なので、彼らは、赤色の消防隊に対して、「青い天使」と呼ばれている。THWのシンボル・マークも、それ故、「ウルトラ・マリーンブルー」で彩色され、12枚の歯が付いた歯車を外回りの枠とすると、その外枠に納まるように上から、T・H・Wの三文字が縦に次第に大きくなるようにディザインされている。このロゴ・マークが、団員の防護服の腕の部分や防護ヘルメットに付いている。使用される車両も、もちろん、この「ウルトラ・マリーンブルー」で彩色され、ロゴ・マークは付いてはいないが、必ず、車両の前面、側面にTHWの文字が白字で書かれており、ナンバープレートも、連邦防衛軍の車両のナンバープレートが「Y」字で始まるのに対して、「THW」字で始まる。尚、指揮用車両は、作業中に団員に即、それと分かるように、白色に彩色されている。実地経験に基づいた細かい配慮である。

 日本にも、白い天使に導かれた「青い天使」があればいいなと、思う。



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