シェフBK ChefBK(シェフ・ベー・カー)

 「シェフ」と言えば、フランス料理店の調理長のことを普通は思うのであるが、ここでの「シェフ」は、ドイツの政治の場面で使われている。実は、「ChefBK」は、略語であり、正式には、Chef des Bundeskanzleramtes(シェフ デス ブンデスカンツラー・アムテス)のことである。

 上の短い文字「des」は、「AのB」と言う時の「の」に当たる冠詞が語形変化したもので、Bundeskanzleramtesは、中性名詞の言葉である。この言葉は、前半の男性名詞Bundeskanzler(ブンデスカンツラー:連邦首相)と、後半のdas Amt(ダス アムト)という中性名詞が合成した、複合名詞で、これが、「の」の規定語になるために「-es」の語形変化を付けたものである。

 Amtには、色々な意味があるが、行政組織の中では、省より低いレベルの行政組織、例えば、日本で言えば、「国税庁」のようなレベルの行政組織に使われる言葉である。ゆえに、Bundeskanzleramtとは、直訳すれば、「連邦首相庁」となるが、この行政組織のドイツの全体から見た政治的役割を考えると、この官庁は、日本の行政組織で言えば、「官邸」、「内閣官房」、さらには、「内閣府」を足し合わせた官庁であり、ウィキペディアの、日本語の該当部分で意訳されている通り、「連邦首相府」が、この言葉の妥当な訳となる。その長が「ChefBK」であるので、これは、日本の内閣官房長官の、ドイツ版と言える。

 さて、今回2021年12月の政権交代で、ドイツ社会民主党(SPD:エス・ペー・デー)出身のOlaf Scholz(オーラフ・ショルツ)が新しいブンデスカンツラーとなり、その「女房役」のChefBKにWolfgang Schmidt(ヴォルフガング・シュミット)が据えられた。彼の出身政党は、もちろんSPDであり、ハンブルク生まれで、スペイン語を流暢(りゅうちょう)に話す彼は、Scholzとは、約20年以来の「相方(あいかた)」であり、Scholzの政治生命において早くからその苦楽を共にしてきた仲である。

 とりわけ、Scholzが、2011年から2018年までハンブルク市の市長であった時代には、その片腕として、「ハンブルクの事実上の外務大臣」と言われて、EUレベルでのハンブルク市の利害関係をEUで代表し、2017年に行なわれたG20サミットをハンブルク市に持ってこさせたのも彼の「辣腕」のよるところが大きいと言う。

 Scholzが、さらに、2018年に前メルケル連邦首相の下の「大蔵」大臣に「移籍」すると、Schmidtは、Scholz大蔵大臣の下、「大蔵省」(ドイツでは財務省は金融も管轄)の「事務次官」となる。[ドイツでは、各大臣の下には、「次官」(Staatssekretär:シュターツ・ゼクレテア;直訳は「邦秘書」)がおり、大臣を連邦議会で代表するのが、「政務次官」であり、省内にあって省を統括するのが、「事務次官」となる。また、「事務次官」であっても、官僚が省内から昇進して「事務次官」になる場合もあるが、一定の資格と経歴があれば、省外からでも「官吏」として呼び入れて「事務次官」になれる場合もあるのである。こうして、Schmidtは、SPDの党籍を持った「事務次官」になったのである。]

 さて、2001年にBundeskanzleramtが「入居」した、連邦首相府の建物は、ベルリンを東西に流れるSpreeシュプレー川の岸辺にあり、「帝国議事堂」の斜め向かいにある、ガラス張りのポストモダンな建築物である。正面玄関が帝国議事堂に向かっており、その正面玄関の建物部分の左右に翼廊が、正面玄関の前側と後ろ側に伸びている、いわば、上から見るとH形の見取り図の建物である。この建物内には、連邦首相の、140平方メートルの広さのある執務室があり、その意味で、この建物は、「官邸」であり、連邦首相「官房」が、もちろん、建物内に置かれている。

 同様に、ChefBKの「大臣官房」もここに置かれている。ゆえに、Bundeskanzleramtは、同時に「内閣官房」でもあり、ChefBKは、「内閣官房長」だけではなく、同時に、Staatsminister(シュターツ・ミニスター:国務大臣)に任命されるのが普通である。「大臣」であれば、閣議等での決議投票権が与えられているからである。

 Bundeskanzleramtには、また、日本で言うところの「特命担当大臣」が、国務大臣待遇か、政務次官待遇で存在する。こうして、Bundeskanzleramtは、日本風の「内閣府」でもあり得る訳である。2022年1月現在、「特命担当大臣」は四人(!)おり、それぞれが、連邦・州関係担当、移民・避難民担当、旧東ドイツ担当、文化・メディア担当の四人である。

 Bundeskanzleramt自体は、政治情報を収集し、連邦首相が示す政治原則の指針の下に、内閣及び各省の仕事を調整をすることを目的としている。このため、連邦首相府には、各省・省内各局に対応するように、いわば、「鏡像」のように担当各課・各係(これをReferate:rレフェラーテという)が置かれている。

 とは言え、本当に「鏡像」のように1対1で対応している訳ではなく、まずは、「局」として、16の省が政府に置かれているのに対して、7つの局が置かれている。第一局が、内局、内務、法務担当、第二局が、外務、安全保障、経済援助担当、第三局が、社会保障、健康、環境問題担当、第四局が、経済、財政、エネルギー担当、第五局が、EU担当、第六局が、政治政策計画、技術革新、デジタル化政策、IT化誘導担当、第七局が、連邦諜報活動、連邦の各諜報・防諜活動の調整担当、となっている。

 この各局の下に、各部、各課が置かれている。各局長は、ChefBKが取り仕切る、毎週一回開かれる、政治の「大局」を得るための合同会議に参加することになる。ちなみに、政府スポークスマンは、確かに、連邦首相に従う立場ではあるが、Bundeskanzleramtには所属していない、独自の「政務次官」の地位にあることも申し添えておく。このことは、情報提供において、その「政府からの中立性」をいかに重要視されているかの証左でもあり、記者会見における記者の「さら問い」は、どこかの極東の自称「民主主義国家」と異なり、それは当然のこととされている。

 さて、Bundeskanzleramtの職員数は、各省からの出向ということを前提にしているので、人員数的には、ウィキペディアによると、1975年(今から約半世紀前!)から2016年までの約40年間に450人から500人(!)までに上昇したが、それから2019年1月までには、約600人とさらに増えていると言う。2021年の、連邦首相の政務に掛かる経費も含めての、Bundeskanzleramtが必要とされた予算経費は、約37億ユーロである(100倍すれば、大体の円の額が分かる)。

 これと比較して、日本の内閣府を見てみると、特命担当大臣が、ドイツの4人に対して、10人、大臣政務官、つまり、政務次官が、ドイツが名目上の「事務次官」も入れても4人であるのに対して、11人である。ドイツにはいない「副大臣」に至っては、これも11人である。この数字が、内閣府だけでの比較であり、これに、官邸、内閣官房も入れた数字となると、このドイツ対日本の比率は、日本にとってさらに悪くなるものであろう。

 単純な日独の比較はできないが、日本の官邸は抜くとしても、内閣官房と内閣府の仕事が重なってはいないか、また、本来各省でできる仕事を内閣府が負っていて、行政の「二重化」にはなっていないか、「行政改革」がお好きな日本のお国柄、この点、再考する必要があるのではないだろうか。

 ドイツでは、政府法案作成は、各省に任せており、Bundeskanzleramtでの法律案作成などという「素人仕事」は避けているのであるが、日本での実情がそうであるからこそ、令和3年9月末までの内閣府本府の職員数が、2千4百人であるのが正しいとすると、その数字がドイツの約6百人の4倍となるのは、これは、がん細胞的「増殖」に比肩できる異常さではなかろうか。

 日本人と仕事をするドイツ人によく聞いたことである:日本から一々細かいことを何回もメールで問い合わせに聞かれて辟易したと。これを聞いて、筆者にも、自身を含めた、何か日本人の一般的「性癖」をドイツ人につかれたようで、この言葉の重みが自分の胸にグサッときたのであった。

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