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愛犬、めぐすりをさす

3年前の春の日、わたしは不安に苛まれながら国道を走っていました。

「どうしよう、ぷっかの目が白くなってる」

仕事中に夫から入っていたLINE。
6時間目までの授業を終え、急いで時間休を申請、いつもの帰路を急いでいました。

ぷっかというのは、愛犬である黒パグの名前。
名付けはわたしですが、未だにネーミングセンスをからかわれています。

目が白くなるという症状で、真っ先に思いつくのは白内障。
しかし、1歳の若い犬に、白内障など有り得るのだろうか。
先天性の病気が出てきた?
眼球のガン?
いろいろな可能性が脳裏によぎり、そしてそのどれもが決して良い可能性とは言えないものばかりです。

自宅に帰りつくと、いつものようにもねとぷっかの熱烈な「おかえり」の挨拶を受けました。
短くカールしたしっぽをぶんぶん振って飛び跳ねるぷっかの様子も、いつもと比べておかしなところはなく、元気そうに見えます。
しかし、その左の瞳孔は確かに白く濁り、白目は真っ赤に充血しているのでした。
加えて、瞼の被毛は涙で濡れています。
在宅勤務をしていた夫と相談し、即座に動物病院への通院を決めました。
わたし一人で連れて行くつもりで時間休を取得したのですが、夫も早退して同行することになりました。
何か重大な病気だった場合に、その事実をわたしだけで受け止められる自信がないなと思っていたので、助かりました。

夕方から午後の診療が始まる動物病院は、まだ16時半ということもあり、空いています。
すぐに診察室に通され、体重計も兼ねた診察台にぷっかをのせました。
優しげな顔をした顔馴染みの男性獣医師が、ぷっかの顔を両手で包み込むように押さえ、目を覗き込みます。
「あぁ、ちょっと傷になっちゃってるね」と言いながら、バスクリンを溶かしたお湯のような色をした液体をぷっかの左目に垂らし、ライトを当てました。
その間、わずか数秒。
獣医師のあまりの手際の良さに、普段はシートマスクをつけたわたしの顔にもビビり散らかしているぷっかも、何が起きたかわからない、と言いたげな様子で診察台の上に立っています。

「パグちゃんはね、目が大きい分、ぶつけたりしやすいんですね。そうすると傷になることもあるんです。ぷっかちゃんは特に大きな目の子だから余計ですよね」

と、製薬会社作成のパンフレットを見せながら丁寧に説明してくださいました。
角膜潰瘍という黒目の外傷で、抗生剤とヒアルロン酸の目薬をすると数日で良くなるとのことでした。

会計の時に、受付業務も行なっている動物看護師のお姉さんが「愛犬への目薬のさし方」というパンフレットを手渡してくれました。

「ここに書いてある通りにしてあげると、きっと上手にさせると思います」

そこには柴犬と思しき聡明な横顔をしたワンちゃんが、マズル部分を掴まれて上を向かされている写真が載っていたのでした。
そして、解説には、

【ワンちゃんのマズルを優しく上下につかみ、上を向かせてあげます】。

わたしと夫は顔を見合わせ、続いて夫の腕の中で大人しくしているぷっかの顔を見て、そして最後に看護師のお姉さんの顔を見ました。

「あの、うちの子、つかむところないんですけど……ふへっ」

せっかくのアドバイスが活かせなくてすみませんネェ、という気持ちと共に気持ち悪い笑い声まじりとなったわたしの申し出に、お姉さんも何かに気がついたようにぷっかの顔をまじまじと見つめます。

「あっ……ほんとですね……つかめないですね。ふふっ」

何わろとんねんとは正直思いましたが、この状況下ではお姉さんの方が有益な情報をもっている可能性が極めて高いため、我慢します。

「どうしたらいいですかね……」
「がんばってくださいね。大丈夫ですよ」
「がんばる……」
「はい、なんとかなります!」

……アドバイス雑すぎん?

あれから数年。
ぷっかは今でもときどき、目に傷を作ってしまいます。
ふたりでじゃれ合っているので、リスクを完全に回避するのは難しい。
そのたびにわたしは言われたとおり、がんばってめぐすりをさすのです。


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