見出し画像

誰かの日常と交差する

島根の旅三日目の朝、そして名古屋で走った日に感じたこと
*島根の旅一日目はこちらから
*島根の旅二日目以降はこちらから

宍道湖の夕日で瞳と心を潤した翌々日、旅の最終日の朝に、私は再び宍道湖畔にいた。早起きして散歩でもしようかと宿を出ると、ほどよく曇っていたので、近くを流れる大橋川を渡り、宍道湖に向かって歩いた。

7:30になったのでスマホでzoomアプリを立ち上げる。朝から会議をするわけではない。画面越しには起き抜けの人もいれば、外に出ている人もいる。全国各地からオンラインで集まっているランニング仲間だ。

日曜日の朝、オンラインで集まってみんなで準備体操をし、一緒に家を出て走りだそう、こういったランナー応援イベントをたくさん生み出して、なかなか集まることができないこの二年ちょっとの間も、私たちはそれぞれの場所で走り続けている。正確にいうと、私は歩いて参加していることの方が多い。走らなくてもいい、それがこのランニング部の特徴だ。

湖畔を走ったら気持ちいいだろうなぁ、とは思ったけれど、色々詰め込んで無理するのはやめておこう、と考え直して、今回も散歩がてら参加することにした。

続々とメンバーが集まってくる。「おはようございます」「今どこからですか?」「朝から暑いですね」などと10分ほど挨拶や雑談を交わし、「準備体操でもしますか」と声がかかったときは、ちょうど大きな松の木があったので、枝の付け根をかりてスマホを立てかけ、みんなの様子を見ながらゆっくりと体をほぐした。

今回の旅をエスコートしてくれているHさんもいる。近くにいるけど今は画面越し、普段東京から参加しているときと同じ状況だな、とふと日常を思い出す。体操を終えると「では暑さに気をつけて、水分補給を忘れずに」と締めてzoomは解散となり、それぞれの朝が動き始める。

目の前には旅先の風景がある。視界いっぱいに広がる空、湖の水面、湖畔に立ち並ぶ松の木、初めて歩く道。どこまで行こうかな、少し先にある美術館まで行って折り返そう、思いつくままに歩き続けて旅の最後の朝を満喫しながらも、普段の休日の朝とも重なり、旅の記録とも散歩の記録ともいえる写真をおさめて3kmほどのウォーキングを終えた。

部屋に戻って撮った写真をグループページに投稿し、みんなのランニングや散歩の様子を眺めていたら少し眠くなってきた。チェックアウトまではまだ十分に時間がある。買っておいたヨーグルトを飲んでベッドに転がって二度寝する……普段と同じ朝だ。みんなの日常に囲まれて、オセロのように自分も日常にひっくり返ったような気がした。

松の木の下で準備体操
朝の宍道湖
ここにもうさぎ…!

同じようなことが前にもあった。

二ヶ月ほど前、私は名城公園にいた。前日に名古屋に用があり、せっかくだからとランニング部の名古屋近辺在住のメンバーとオフ会を企画したのだ。下見してくれたFさんの提案に乗って名城公園のランニングステーション近くで待ち合わせ、公園内のランニングコースを走ることにした。

待ち合わせ場所に到着し、「おはようございます」「ちょうどよい曇り空ですね」などと挨拶を交わす。私にとっては日常から離れた場所だけど、他のメンバーにとってはちょっと早起きした普段の日曜日。

ロッカーに荷物を預けてランニングウェアに着替え、軽く準備体操をしたらまずは一周、近況などを話しながらゆっくりと歩いてウォームアップをし、二周目からはそれぞれのペースで走り出す。途中、雲の切れ目から日が差し込んできたけれど、木々が影を落としてくれて走りやすい。途中で歩いたり、池にかかる橋を渡ってショートカットしたりして、三周半5km弱のランニングを終えた頃には気温も上がってきていた。シャワーを浴びて汗を洗い流し、食事のために名古屋駅へと向かった。

ここからスタート
路駐車と木々の向こうに名古屋城

食事から参加するメンバーとも合流して、蕎麦を食べながら仕事や趣味の話をし、お店が混んできたので場所を移し、珈琲を飲みながら普段の生活のことなど色んな話をして、「ではまたいつか」と手を振って解散したときは、本当にすぐまた会えるような感覚になっていた。みんなの日常に囲まれて、自分も日常モードにひっくり返り、高島屋地下で甘味を買い込むことだけは忘れずに、新幹線で東京へ帰った。

普段の生活から離れた場所に行き、よそ者として非日常を味わうことも旅の楽しみだけれど、その中に誰かの日常が入り込むことで、切り離したはずの自分の日常が顔を出す。それは不愉快なことではまったくなくて、むしろ自分の空間が拡張したような、居場所が増えたような安心感をもたらしてくれた。

そして日常生活に戻った後、旅の記憶は遠い思い出ではなく、なんだか身近なものとして、ひょっこりあらわれる。また行きたいな、と思い浮かべたときには過去を振り返る懐かしさよりも、近い未来の計画として頭の中を駆け巡る。次は誰に声をかけようかな。

この記事が参加している募集

夏の思い出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?