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反ユダヤ主義(2)差別トロープ

チャップマン大学の歴史学者で、反帝国主義のリアーム・オマラ氏のインタビュー。3パート、今回は第2パート。オマラ先生は米国出身のユダヤ人で、親パレスチナ活動家。

前回は反ユダヤ主義の起源についてだった。

今回は反ユダヤ主義の様々な形を見て行く。


Blood Libel

春に村や町で子供がいなくなると「ユダヤ人が誘拐し殺しその血をマッツァー(過越祭で食されるクラッカー)に入れて食べている。」と言われていた。

イタリア、トレントのPalazzo Salvadori

血を食することはコーシャで禁じられており、ユダヤ人がそんなことするはずもない。

このBlood Libelのようなユダヤ差別言説は19世紀にアラブ各国にも輸入されてしまった。フランス領アルジェリアで現地のユダヤコミュニティーとアラブコミュニティーを隔絶し、ユダヤコミュニティーに優位性を与え分断を煽った背景などがある。20世紀に入り急速にこのような言説はアラブの他国に広がりシリアでは「ユダヤ人はアラブの子供を拐って血を食べる」とのテレビ番組まであった。

「黒死病はユダヤ人のせい(14世紀)」

ユダヤ人が井戸に毒を入れたから起きたのだ、という。

黒死病はノミによる伝染病なので、街の外れに隔離されたコミュニティーで住んでいたユダヤ人コミュニティーには被害は少なかった。それを理由に「ユダヤ人が起こした」と言われ、多くのユダヤ人が処刑された。

処刑されるユダヤ人 1349 Antiquitates Flandriae

このように「ユダヤ人は他者を攻撃する」というコンセプトの差別的言説は宗教としてのユダヤ差別(anti-Judaism)から「人種(似非)科学」による民族としてのユダヤ差別(antisemitism)まで、18〜20世紀にキリスト教ベースの国々の「文化」として人々の心に爪を沈ませて行った。

ナチスドイツがユダヤ差別主義の政策を打ち出した時、人々がユダヤ人の殺戮に参加したのは、ナチスドイツの人種差別的優生理論に納得したからではない。そんなナチスの「理由」を知らずに参加していた人も多かった。人々はルーテル派プロテスタントであれ、カソリックであれ、敬虔なキリスト教徒としてユダヤ差別を子供の時から内面化していたからだ。彼らにとってユダヤ人を憎むことはごく自然な事だった。

礼拝堂の外に、豚と性交するユダヤ人の像があったり、現代の人が見たら驚くようなユダヤヘイトは、ナチスの前からも文化的に受け入れられていた。ユダヤヘイトの凶悪さ、重みはナチスホロコーストが起き初めて世界は気がついた。ホロコースト後の西欧社会の対応も酷かったのだがその点については後ほど。

20世紀まで2000年間続いた「ユダヤヘイト」は今になっても中々消えない。

「資本主義も社会主義もユダヤ人のせい」

「大富豪にはユダヤ人が多いよなぁ。。?」資本主義ってダメなシステムだよな。ユダヤ人が作ったんでしょ?というもの。

富豪になっているのはごく一部のユダヤ人だ。それに今でも富豪中の富豪は白人クリスチャンであるし、なぜクリスチャン大富豪の話はしないのだ?

同時に「ユダヤ人マルクス主義も多いよね?マルクスもユダヤ人だし!」

資本主義も社会主義もその発展を一定の人種が受け持っているという事がいかにバカらしい事か少し考えれば分かるはず。なのにこれを言う輩は後を絶たない。

「ユダヤ人がメディアを操っている」

白人至上主義者達がせっせと流すプロパガンダ。クラウンペペ、4チャンネオナチ陰謀論、キャンディス・オーエンのクラウン・ワールド。

「メディアはユダヤ人に掌握されているので私たちは黒人の悪口を堂々と言えない。ユダヤ人はそうやってマイノリティ人種を優遇し国外から彼らを招き入れ、この国を乗っ取ろうとしている。」

というもの。黒人への差別的な発言も自分らの「クラウンワールド」では許される。それは差別でなくて「真実」だからだ。何ともユダヤ差別的な言説で、米国右派に大きく共有されてしまっている。

パレスチナ人に連帯する意見をメディアで潰されてしまう現実を見て、この「メディアはユダヤ人の言いなり論」を信じてしまう人もいるだろう。しかしこれもユダヤ差別である。メディアはユダヤ人の言いなりなのではなくて、資本の言いなりなのだ。メディアはいつでも白人至上主義と資本に掌握されている。

入植型植民プロジェクトであるイスラエルに、「アメリカを切り拓いた(実は、先住民から奪った)パイオニア精神」とのパラレルを見出して共感するアメリカ人もいるだろう。シオニストがパレスチナ人から土地を奪った経緯はアメリカで入植者が先住民から土地を奪った経緯と同じだ。その感情を持って米国白人至上主義者がイスラエルを応援すれば、表向きユダヤ人を支援しているような見た目を演出しつつ、自国からユダヤ人を排除できるとの一石二鳥。

「ユダヤ人がハリウッドを牛耳る」

また「ユダヤ人がハリウッドを仕切っている」もユダヤ差別。ユダヤ人は他の職に中々つけなかった。だからエンターテイメントでスキルを伸ばし成功するしか無かった。「他者の成功」は差別の理由になりがちだ。


「カネにがめついユダヤ人」


「ユダヤと銀行」。ヨーロッパのほとんどのユダヤ人は貧困層だった。一部のユダヤ人は銀行業で成功する。なぜならキリスト教では金貸しが禁止されていたからだ。だからユダヤ人がやるしか無かった。そしてユダヤ人がそれで成功すると国家はその富を取り押さえ、彼らを追放する。しかし結局彼らの技術が必要で呼び戻される、と言った感じ。後にクリスチャンも教義を改め金貸しに参加する。

クリスチャンの禁止法によりユダヤ人がやるしか無かった、そしてそこで成功した事を「ケチだ・金貸しだ・あざとい」などと言って差別に使う。

銀行業で成功し富裕層となったユダヤ人には貧困層のユダヤ人やシオニスズムなど気にも留めず、欧州白人社会に同化しようとする者もいた。

「金!かね!金!のユダヤ人」との差別一コマ漫画

どんな差別も、どんな宗教紛争も、その奥には欧米の資本による帝国主義が隠れている。それは陰謀論でなく事実。パレスチナ人に心を寄せる者として、「パレスチナ人を迫害するユダヤ人」までしか理解を掘り下げられないとその全貌が見えない。イスラエルとは欧米の帝国主義がユダヤの痛みを使ってパレスチナの地へ行う入植型植民地プロジェクトである。

(*前回パート1で紹介されたRace Science。歴史上の文化的現象を人種の優劣で説明しようとする偏向。それが近代では、ユダヤ人が被差別環境において順応するしかなかった後天的環境的な文化傾向--雇用フィールドなど--を、人種の生来の偏向だと主張し、それをまた差別の正当化に使う----差別が原因であり結果であるといった「差別のリサイクル」に発達している、と訳者は理解した。)

反ユダヤの言説が拡散すればするほどイスラエルへの支持は高まる。

シオニスト台頭の初期、米国のユダヤ人達はその嘘---これはユダヤ対イスラムの宗教紛争ではなく植民地主義だ---を見抜いていた。米国国内でも1960s頃までは、堂々と「自分はシオニストだ!」と言えるものでも無かった。しかし戦後から時間が経つにつれ、ユダヤ差別の波がアラブ国家で起こってしまう。60年代から80年代。その頃にはシオニズムもフル稼働でアラブの国々の土地や経済を侵食していたから、それらの国にとってはもちろんユダヤ人(本当はシオニスト、でも区別はついていない)は敵だった。だから欧州からのユダヤ差別言説が輸入されてしまったのも納得できる。

そして世界中のユダヤ人はそれを見て「ほら、アラブ国はナチスと一緒だろう!あれをどうにかしないとホロコーストがまた起こる!」と恐怖に陥る。

AIPACへの執着もユダヤ差別

AIPAC=アメリカ・イスラエル公共問題委員会、強力な政治ロビー団体。

冒頭に紹介された「ユダヤ人は人口2%」のミーム。

「ユダヤ人は米国人口の2%しかいないのに、バイデン政権の閣僚はほとんどユダヤ人」との差別的なミーム

ユダヤ人官僚達の横にイスラエルの国旗を置いて「ユダヤ人」と呼ぶ。完全にユダヤ差別である。

「ユダヤ人であるから自動的にシオニストなんだろう」と言っている訳だ。これらの政府高官や議員がイスラエル支持をするのは、彼らがユダヤ人だからでは無い。ロビー金に操られているからだ。そしてそのロビー金は資本による帝国主義から来ている。

イスラエルロビーと言えばAIPAC。米国議員の9割以上がAIPACから政治献金を受け取っている。確かにそれは問題なのだが、AIPACが議会に配る金は米国キリスト教福音派や軍需産業、エネルギー産業、医療セクターからの献金に比べたら微々たる額である。これらは全て民主主義の腐敗を誘発しており、政治献金そのものが悪なのであるが、AIPACだけを取り上げて陰謀論的に語ることもユダヤ差別になるだろう。

(*注釈)
政治献金をトラックできるオープンソース(https://www.opensecrets.org/federal-lobbying/top-spenders)によると米国議会に金を注ぐロビー団体のトップはこの辺り。

トップのUS Chamber of Commerce(全米商工会議所)はテック産業、原油産業から多くの金を議会に流すロビー団体。

健康保険産業、製薬、住宅開発、テック、このリストの次にロックヒードマーティンやボーイングといった軍需が続く。米国の様々な社会問題の根底がここに凝縮されている。AIPACの名前はtop20に入っていない。
(*注釈終わり)

AIPACのやっている事は確かに酷い。私がAIPACを擁護しているとは思わないで欲しい。アメリカの腐敗を象徴する悪しき団体だ。しかし、白人至上主義、資本主義、帝国主義、これらが世界の凶悪なものの原動力であり、AIPACはその大きなシステムの一つの歯車に過ぎない。米国議会に大量のカネが流入するその機構自体が1番の悪なのだ。

議員達はAIPACよりずっと前に帝国主義の遠隔部署としてイスラエルを既に支持しているのだ。キリスト教信による資本、軍需産業・化石燃料産業の資本の方が政治に及ぼす影響は格段に大きいのにユダヤの資本だけにフォーカスするならユダヤの金だけが他より有害だと言っていることになる。差別である。

チャーチルを使って世界を掌握するユダヤ人、というナチスプロパガンダ。「世界を動かすユダヤ人」との差別トロープにはタコがよく使われる。

なぜこういうことになるのか。ユダヤ差別が西欧の文化に深く食い込んでいるからだ。
(パート3に続く)


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