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壮絶男飯「ジャーマンスープレックスライス」

来週末。
山口からいとこ二人が法事のため上京し、私の家に寄る。
嫁が、
「晩の食事は外食がいいのかしら?」
と心配するので電話して確認してみる。

「おお、昴生(仮名)?・・・・今度ウチにきた時の晩飯は何にするよ?」

昴生は40才。
彼は根性型で、親の期待にも応え、勉強もスポーツもできる優秀な男だ。
でも、普段はおっとりした性格だから、私が飯の質問をしても

「いや、やっちゃん兄ちゃん(私のいとこは私をこう呼ぶ)、
 何でも良いよ。気を遣わないで」

答えにならない答えに終始し、結局「お任せする」という話で電話を切った。結論が出ないので、昴生の弟 亜生(仮名)にも電話する。

「あ、亜生?・・・・今度来たとき、晩飯何がいい?」

すると、人懐っこい亜生から思いがけない答えが即座に返ってきた。

「やっちゃん兄ちゃん。俺、ジャーマンスープレックスライスが食いたい」
「ジャ・・・・ジャーマンスープレックスライス!!」

電話口で私は思わず絶句し、しばらくして笑い出す。

「お前・・・・30年近く前のあんなモン、良く覚えてるな(笑)」
「いや(笑)。やっちゃん兄ちゃん。あれは印象的な飯だった」

37才の亜生は、兄の昴生と違って親の期待になかなか応えないタイプ。
ここ一番に、絶対といっていいほど、何かをしでかすし、やらかす。
対照的な二人だが、何に対しても一生懸命やる二人なので私は二人とも好きだ。
でも、どちらかといえば私はそつなくいい成績を残す昴生よりも、
「どうにも読めない亜生」の方が好きだった。だから、

「また、亜生が・・・・」

と言って泣きながら電話をかけてくる礼子叔母さんと亜生のいざこざへのフォローも
苦にはならなかった。

そんな二人のため、私が「ジャーマンスープレックスライス」を作ったのは今から30年近くも前。私が大学1年生の夏休みのときのことだ。
山口の祖母の家に私と、昴生・亜生の男3人でいた時、11時に買い物に出た祖母が、何故だか14時を過ぎても戻らない。

「やっちゃん兄ちゃん、俺、腹減って死ぬ・・・・死ぬ死ぬ死ぬ!」

居間で亜生が騒ぐ。
その横で、昴生は空腹にじっと耐えていた。
帰ってくる気配のない祖母の代わりに私が飯を作ることになったが、米はあっても、冷蔵庫の中にめぼしいものが何もない。

「今・・・・なんか作ってやろうと思ってんだけど、材料が何にもないな」
「やっちゃん兄ちゃん。オレ、うまいモンが良い」

10歳に満たない亜生が、「俺の話聞いてたか?」と聞き返したくなるほど勝手なことを言う。すると、冷蔵庫の横に、中元として送られてきた箱があって、中を見ると高級ソーセージの詰め合わせだった。

「あ、良いじゃん!これ、使えるじゃん!」

そして、さらにその横には重石の載った漬物桶があって、手を突っ込むと、見事なたくわんが1本出てきた。

「よし。これもいけるな・・・・・」

大急ぎで5合の米を炊き、刻んだたくわんと大量のケチャップにこれまた大量の塩コショウを混ぜて炒め、どうなるかわからない、タクワンケチャップライスをつくる。
そしてその隣り、魚の焼き網を使ってソーセージを20本くらいガンガン焼いていく。

「腹が減った!腹が減った!ご飯ま~だまだまだまだ????」

足をじたばたさせて騒ぐ亜生を見て、昴生が「お前は黙っとけ!」怒り出す。
後ろにそんなやり取りを聞きながら完成した飯は、山盛りを超えた山盛りの真っ赤なタクワンケチャップライスにソーセージをまるでログハウスのように乗っけた「壮絶男飯」だった。

「や、やっちゃん兄ちゃん・・・・これって、すごくない?」
「ああ・・・・ジャーマンスープレックスライスっていうんだ」
「ジャーマンスープレックスって・・・あのプロレスの?」
「ああ。ジャーマンはソーセージだろ。
 で、スープレックスは・・・英語でタクワンだから。」

意味不明なことを断言して、食わす。(笑)
そして、育ち盛りだった僕たちはあっという間に、その、燃え上がる富士山のような「ジャーマンスープレックスライス」を平らげた。

亜生が、電話口で言う。

「やっちゃん兄ちゃん。次の日にやっちゃん兄ちゃんが作ったご飯・・・覚えてる?」
「ああ・・・・確か・・・・『パイルドライバー丼』だろ?」
「(笑)そうそう。
 どんぶり飯に目玉焼き乗っけて、黄身にソーセージ突き刺したんだよ」
「(笑)よく覚えてるな。忘れろよ。そんなどうでもいいことは」
「そして昴生兄がその『パイルドライバー丼』を見て・・・・
 『やっちゃん兄ちゃん。いくらなんでもこれはお行儀が悪い』って
 ダメ出ししたんだよね」
「(笑)
 あれはよく覚えてる。なんせ二十歳になろうかって大人が中学生に、
 『お行儀が悪い』って言われたんだから。」

そんな昔話をしながら、それでも亜生は

「ジャーマンスープレックスライスがいい」

食い下がったが、

「勘弁してくれ。(笑)
 せっかく東京に出てきてそんなもん食わして帰らせたんじゃ、
 俺、礼子叔母さんに怒られちまうよ。」

言って笑いながら断り、「じゃ、任せてもらうな」と電話を切った。
受話器を置き、思いがけない懐かしさに浸りながら微笑んでいると嫁が寄ってきて

「なんだって?」

聞くので、ジャーマンスープレックスライスのことを説明しようかと思ったが、30年前の思い出を、上手に説明できる自信がなかったので、

「うん・・・・二人とも『任す』ってさ。
 だから当日は寿司の出前でも取ろうよ。ちょっと奮発して、特上でも。
 二人ともせっかく出てくるんだから、
 ここは一つうまいもんでも食わしてやろうぜ。
 みんなちゃんと・・・うまいもんが食えるだけの大人になったんだから」

私だけにしか分からない。
嫁にとっては全く意味の分からない答えを私はし、そんな私の顔を嫁は不思議そうに見つめたが、それ以上は何も聞かなかった。

来週末はきっと。
大の男三人、特上寿司を囲みながらジャーマンスープレックスライスを話のネタに、遅くまで笑いながら深酒する夜になる。

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