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♬ 新米で松田優作と小栗旬が千尋にタニタ ♬

毎年、新米が出るたびに美味しくてビックリする。
口に入れただけですぐにわかる芳醇。思わず茶碗に入ったご飯をリビングの明かりにかざして眺め「太陽にほえろ」の松田優作ばりに

「なんじゃぁこりゃ!」

叫びたくなる。みずみずしくてつやがあり、一粒一粒が茶碗の中で立っている。もちろん、昨日までのコメも確かにつやがあり、茶碗の中で立っていた。ただ、昨日までのコメとは明らかに違う。新米を食べてしまうと、昨日までのコメはコメにあってコメにあらずと感じる。
そこで気づく。

「【旬】っていうのはこういうことなのか?」

同じコメでも力が違う。
秋の今が一番、いい時期だ。

それに合わせておかずにも弾みがつく。
私の場合「生姜焼き」「刺身」「餃子」など、一度ご飯の上でバウンドさせるおかずが出てくると、おかずで一口、ご飯に染みたタレでまた一口、とご飯が進むから箸が止まらず、おかわりの嵐になる。

若いころは「おなかに入れば何でもOK」で味も気にせず、ただただ【量】だった。
でもさすがに年を取ってきて「育ち盛り」や「食べ盛り」のようには食べられず、最近は「美味しいものを少し」という食生活に変わってきている。
ただ、新米が食卓に上るこの時期は話が別で、

「たまんねーなこりゃ!うますぎていくらでも食べられるわ!」

食べ過ぎていつも思い出すのは「千と千尋の神隠し」のワンシーンだ。
あの映画の序盤には、主人公「千尋」の両親が食べるのをやめられなくなって豚に変わっていく有名なシーンがある。私はアニメ映画をほとんど見ないが、これは妻に誘われて映画館で見、ぷにぷにの肉をひたすら食べていくにつれ普通の夫婦が巨大な豚になっていくグロテスクなシーンを気味悪く見ていたのをよく覚えている。また、それに加えてその時たまたま隣りに居合わせた若いカップルの男性が何を思ったか

「やっぱり食べ過ぎると、ああなっちゃうんだよね~」

しみじみ言い、それを聞いた女性が

「え?それって私に対する嫌味?!」

と、暗闇でけんか腰に聞き返し、見ると女性のジーンズがスクリーンの明かりに照らされてはちきれんばかりだったことも私にとっては印象的だった。
ご飯を大盛りにしたときや、おかわりをする時にふと思い出すのが「千と千尋の神隠し」の巨大豚と、あの時目にした女性のパッツンパッツンのジーンズだが、新米を口にすると、

「もう、豚だろうが何だろうがなんでもいい!食う!」

諦めの気持ちになる。

コメは毎年、秋でふりだしに戻る。
私の「秋」は新米から始まる。
大いに食らい、一年の力にしたい。

・・・・タニタと相談しながら。

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